第2話
入社して二年目。
初めて任された教育係に緊張していたあたしは、その子を見た時に思った。
「よろしくお願いします〜」
あ。この子、多分めっちゃマイペースだなって。
話し方からして分かる。やたらゆったりとしていて、気の抜けた表情も。全てが、ひしひしと伝えてきていた。
実際に関わってみると予想を遥かに上回ってのんびり屋で、接客態度だけはいつだってニコニコしてて完璧。だけどそれ以外は……お察しの通り。
「これ、なんでしたっけ…?」
「はぁ……何回目?」
呆れるほど物覚えが悪く、教えるたびに本当に聞いてるのか怪しく感じてしまう。
やる気だけはあるようで一生懸命メモを取ってるだけまだマシだけど、日に日にイライラは募っていった。
さぞかし甘やかされて育ってきたんだろうなって分かるのが余計に腹立って、印象は最悪。元々、ザ・清楚系みたいな可愛らしい女の子は苦手だし、好きになれそうもなかった。
それでも関わらなきゃいけないのが社会人というもので、どうせなら仲良くなった方が良いと打算ありきで店長の歓迎会の提案に乗った。
まぁ、それが失敗だったんだけど。
「はー……もう。めんどくさ」
と言いつつも、やらなきゃいけない事はやる。
誤って人のお酒を飲んでしまった彼女の介抱を、第一発見者になってしまったばっかりに任されたあたしは、とりあえず水を飲ませた。
呂律も回ってない様子で、これは相当弱い子なんだと察して、一次会が終わると同時に帰ることに。
家の場所を聞いてもほとんど寝てるみたいな状態で答えてくれなかったから、しぶしぶひとり暮らしの自宅マンションへ連れ帰った。
「寝るならそこ寝て」
「うぅ……きもちわるい…」
「はぁ?ちょっと待て。吐くならトイレに」
言葉の途中で嘔吐してしまった相手に、気分はもう最悪。蹴飛ばしてやりたいくらいの気持ちだった。
吐ききってから意識が朦朧としてるのかフラフラしている、覚束ない足取りの彼女をさっさと寝かせようとベッドまで誘導して、汚れた服を脱がせた。はぁ、下着まで濡れちゃってる。
口元も床も拭き上げて、洗面所で吐瀉物を洗い流しながら、自然と吐息する。
「なんであたしがこんなこと…」
いけ好かない女の世話をするなんて、我ながらお人好しが過ぎる。
でも店長や他の社員がいる手前、置いて帰るなんてこともできなかったし、しょうがない。腹は立つけど。
手洗いした服は洗濯機に投げ入れて、疲れたから一旦ソファに腰を下ろした。だけどすぐ立ち上がる。
飲み足りなかったから冷蔵庫にあった缶チューハイをいくつか手に取って開けた。おつまみは、ちょうどいいものが無かったから諦めた。
ほとんど空きっ腹に酒。アルコール濃度もそれなりに高いのを飲んだから酔わないわけも無くて、そのまま気が付けば寝てしまった。
で、起きたら。
「ん?あれ…」
ベッドの上から姿が消えていて、驚いた。
あいつ、鍵もかけずに帰りやがった……と気が付いたのは心配で外まで探そうと出ようとした時で、寝ぼけていても怒り心頭。あの恩知らずめ。
職場で会っても優しくしないと心に決めた矢先、お礼の連絡だけは律儀に送られてきた。返す気にもなれなくて無視。
翌日、出勤すると気まずそうに挨拶を交わしてきたけど、なんでお前が引き気味なんだよって文句が出そうになって、結果的にそれも無視してしまった。
「あ、あの、有路さん……お話が」
大人げないことをしたあたしに、彼女なりに向き合おうとしたのか帰り際、声をかけられた。
早く帰りたいからこれも無視しようと思ったけど、小さく握られた拳を見てかなり勇気を出した気配を感じ取って、しぶしぶついて行った。
裏口から店舗を出て、他の従業員が居ないところまで歩く。
「……話って?」
「っ……こ、この間のこと」
「あぁ。飲み会の?」
「は、はい!」
なんだ、改めてお礼とかかな。
だとしたら、“失礼な後輩”という認識を変えなきゃ。と、考えていた数秒前の自分が愚かだった。
「な……無かったことに、してくれませんか…?」
「は?」
この女、人の親切を“無かったことに”なんて言いやがった。
沸々と怒りが心の中で暴れ出して、怒鳴る一歩手前でグッと喉奥に押し込めて飲み込む。
「無かったも何も、別になんとも思ってないから。そういう流れになったからやっただけ」
「誰でも良かったってことですか…?」
「?……そうだけど」
たまたま看病したのがあたしってだけで、他の人でも問題はなかったはず。
それなのに、こちらの返答を聞いた彼女はなぜかムッとした口になって、何か言いたげに開きかけた唇を閉じた。代わりに怪訝な眼差しで訴えかけてくる。
さっきからなんなの…?
感謝こそされ、そんな軽蔑されるようなことをした覚えはない。本当にヤなやつ。
「もう仕事以外で話しかけてこないで」
それならこちらも、と冷たく言い放ってその場を後にした。
ここから奇妙なすれ違いが発生していたと、思いもよらずに。
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