生意気な後輩♀をわからせたい

第1話









「先輩って、レズなんですか?」


 バイト先の更衣室、着替えを終えてロッカーを閉じたところで同じく着替えを済ませたバイト先の後輩――加勢鏡花かぜきょうかに声を掛けられた。

 驚いたのは投げられた言葉の内容にもだけど、何より男好きで有名で、女に対しては無視する勢いで関わらない彼女が話しかけてきたことの方が意外だった。

 彼女の方を見れば、誰が見ても清楚な黒髪を今は二つ縛りにした可愛らしい顔を、興味本位な笑みで歪めている。


「店長から聞いたんです、小川さんはレズだって」

「……だったらなに?」


 あの噂好きの男がまた適当なことを言い広めているのかと呆れながら、臆することなく返した。


「否定しないってことは、ほんとにそうなんですか?」

「どうだろうね」

「女が好きって、どんな感覚ですか?」


 終わらない質問攻めに、いよいよ耐えかねてため息をひとつ落とす。

 よくいる、こういうやつ。

 真実かも知らない噂に振り回されて、当の本人の心までかき乱してくる面倒なタイプだ。だいたい、他人が誰を好きでもどうだっていい話なのに、馬鹿馬鹿しい。

 ここは少し、警戒させておこう。関わるとめんどくさいと分かれば、これ以上は聞いてこないだろうから。


「……そんなに気になるなら」


 一歩踏み出して、華奢な手を取りロッカーへと押し付ける。


「教えてあげよっか。……手取り足取り」


 腰の辺りを抱けば、さすがの後輩も「キモい」とか思ってドン引きしてくれるだろうという期待とは裏腹に、何を企んでいるのか分からない含みのある笑顔が返ってきた。


「教えてくれるんですか?……つきっきりで?」


 私の鎖骨辺りを指先で撫で、強気な視線で見上げてきた相手に、自然と口角はつり上がる。

 生意気で面白い。

 沸々と湧いていたはずの静かな怒りは、もはや通り越して高揚へと変わってしまった。私も馬鹿なやつだ。


「冗談。ふざけたこと言ってないで帰るよ」


 ただ、安い挑発に乗るほど愚かではない。

 牽制も失敗に終わったし、おとなしく退散しようと彼女の体を解放する。


「なんだ。教えてくれないんですか」


 置いていた鞄を持った辺りで残念そうな声が聞こえて、それに対しては何も言わず肩を竦ませるだけで応えた。

 教える価値もない、そう言いかけて口を閉じる。あんまり強い言葉を使いすぎるのも良くない。またあることないこと話されて広まっては困る。

 できるだけ、穏便に。こういった事はこれまでも何度かあって、慣れてる。いちいち反応するのも馬鹿らしい。


「興味があるなら、他の人に頼んだら」

「レズなんて先輩以外に、そうそう出会えませんよ」

「そうかな。みんな黙ってるだけで、けっこういると思うけど」

「少なくとも、あたしの周りにそんな物好きはいませんね」


 あからさまに売られた喧嘩を、買おうかどうか真剣に悩む。


「男好きのあんたには、良さが分かんないかもね」


 刺々しい言葉とは正反対のにっこり笑顔を浮かべると、相手も同じように笑った。

 笑顔なんかじゃ誤魔化しきれないピリついた空気が二人の間には漂って、しばらく見つめ合ったまま沈黙を続ける。じっと見ていても顔が良いのもまた、腹が立つ要因のひとつだ。

 体感で言うと数分、実際はそんなに経っていないんだろう静寂を破ったのは後輩で、彼女は萌え袖からはみ出した人差し指を顔の前で立てた。


「ひとつ訂正いいですか、先輩」

「……なに?」

「あたしは別に、男好きじゃありません」


 些細な訂正に拍子抜けしたのも束の間、


「男が、あたしを好きなだけです」


 これまた自信満々で、プライドの高い事をさらりと口にする。

 余裕綽々な心をズタズタにひねり潰したい暴力的な気持ちは喉の奥で留めて、「そうなんだ」とだけ呟いた。


「そんなに男に好かれるなら、おとなしく男と遊んでれば?」

「もちろんそうしたいところなんですけどー……最近、なんだか飽きちゃって。たまには味変もいいかなって」

「くだらないグルメに付き合うほど、私も暇じゃないんだけど」

「まずはお食事どうですか?」


 私の主張はガン無視で話を進めようとしてくる相手には、思わず呆れた吐息が溢れる。


「付き合ってられない。他をあたって」

「だから〜、他がいないんですって」

「じゃあ諦めて」

「え〜、むり」


 ついには敬語もやめた彼女の手が伸びて、肩にそっと置かれた。

 そのまま首の後ろへ回った両手でぶら下がるようにして抱きついた後輩は、上目遣いの目を細めた。


「手取り足取り教えてくれるんでしょ?……女の良さってやつを」


 無性に、イライラする。

 冷静ではいられない何かを与え続けてくる事が鬱陶しくて、憎たらしくもあって、眉がピクリと勝手に動いた。

 厄介なやつに絡まれたと、心底うざったく思う。

 それなのにまんまと揺さぶられて、相手の掌の上へと乗り込んだ私は、小さな顎を掴んで持ち上げた。


「男に戻れなくなっても知らないよ」

「わお。それは楽しみ」


 いずれ、その生意気な顔を歪めてやろうと、先手を打って唇を奪った。

 すんなり受け入れた後輩は自ら柔く押し返してくるほどの積極性を見せて、それがまた脳の奥で憤りを昂ぶらせる。


「骨の髄まで、しっかり教え込んでくださいね。先輩?」


 顔が離れてすぐ、後輩は舐め腐った態度で笑みを深めた。




 


 




 



 

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