叔母に恋する1000日間

第1話











 15歳。


 休み明けには、入学式を控えていた思春期の春。


「ご臨終です」


 父と母が、交通事故で死んだ。


 いきなり死神に背後から殴られたかのような衝撃に頭を白くして、呆然と立ち尽くし、取り残された私の周りではたくさんの大人が忙しなく動いていた。

 まるで自分だけ時が止まったみたいで、周囲の光景が早送りに見えるくらいには現実をうまく処理できず、心はいつまでも置いてけぼり状態で何日も。

 気が付けば葬儀も終わり、骨になった親の入った箱を渡され、後見人となった母の妹――叔母の郁美さんの家へお世話になることが決まった。

 うちは祖父母と疎遠だったり、もう亡くなっていたりで、引き取れる親戚が彼女しかいなかったらしい。


「……この部屋、好きに使って」


 ひとり暮らしにしては広い2LDKのマンションの一室、きっと洗濯物を干すのに使っていたんだろう。室内用物干し竿と申し訳程度の布団一式が敷かれた部屋に案内され、挨拶も慰めもなく彼女はそれだけ告げてリビングへ戻っていった。

 畳まれ、積み重なった毛布の上へ、両親を抱きかかえたまま座る。


「お母さん……お父さん…」


 温度を持たない相手のことを何度か呼んで、返事をしてくれる温和な声が脳にだけは鮮明に響くのに、鼓膜を揺らしてはくれない現実に、ひとり声を押し殺して泣いた。

 少し前まで、こんな形で家族を失うだなんて想像したことすらなかった。ニュースで悲惨な事故や事件を見かけても、他人事だと捉えて自分は大丈夫、自分には関係ないと思っていた。

 まさか、私がこんな目に遭うなんて。

 幸せだった日常が、こんなにも簡単に崩れ去って消えてしまうなんて。

 悲壮感と悲観的も、抱え過ぎると空虚になることを知った。

 天井をぼんやり眺め、まだどこか実感のない心を彷徨わせること数十分。


つむぎちゃん、ご飯どうする?」


 何か理由をつけて様子を見に来てくれたんだろう郁美さんが部屋へやってきて、お腹も空いてなかったから首を横に振った。

 彼女は「そう」とだけ呟いて、扉を閉めた。

 深入りはしない主義なのか、何日経っても郁美さんはそんな感じで、干渉されないことがありがたくも寂しい。

 本当の意味で孤独になってしまったと心が思い込んでは落ち込んで、入学したばかりの高校も休みがちになっていた。

 仕事で忙しいのか朝早くに家を出て昼間は不在で、夜も遅くに帰ってくる郁美さんと顔を合わせることは少なく、


「あ…」

「……出前、頼んどいたから。食べたい時に食べて」


 ばったり廊下で出くわしたりしても、会話はいつも簡潔に終わった。

 常に冷静沈着で気が強そうな雰囲気は母とは真逆で、他意はないんだろう冷たさが、さらに心を抉ってくる。やっぱり、迷惑だよね。

 母とは少し年が離れていて、確か30歳になる郁美さんは見るからに仕事人間。無駄のない家の感じを見ても、独り身を謳歌しているような人だ。突然、それもたいして関わりのなかった姪っ子と同居なんて嫌に決まってる。


「郁美さん」


 私自身も居心地が悪いから、リビングにいるタイミングを見計らって話をしに行った。

 仕事中だったようで、テーブルの上にパソコンや書類を広げていた郁美さんは、表情ひとつ変えず私の方を向く。


「なに?」

「あ、あの……私、ここを出て行こうと思うんです」

「なぜ?」

「えっと……自分で働いて、ひとり暮らしをしようかなって…」


 呆れたのか、はたまた疲れてるだけか。ため息をつきながら眼鏡を外して眉頭を指で軽く押した彼女の些細な行動にも、申し訳なさから落ち着きを失くす。


「座って」

「は、はい」


 テーブルを挟んで反対側の椅子に座ると、パソコンを閉じて書類も整理してまとめた郁美さんが、話し合う姿勢に入った。

 真っ直ぐに見つめられるのが責められてるみたいで怖くて、顔は自然と下を向く。

 俯いて目も合わせない私に、また浅く吐息して彼女は口を開いた。


「自立心があるのは……とても、良いことだと思う」


 出てきた言葉が予想外に受け入れてくれるもので、少し驚く。


「ただ、今は学業に専念するべきよ。それが許されているうちに享受しておかないと、後になって苦労することになる」


 意外にも私の将来のことを考えて、未熟な私に寄り添った意見を出してくれることに、驚きが止まらない。

 その後も、高校を中退して働くことの大変さや学歴の大切さを説いてくれてから、最後に通帳を取り出し、テーブルの上に置いた。


「あなたのお父さんとお母さんが残してくれたお金。…本当は成人したら渡そうと思ってたけど、先に渡しておく」


 素直に受け取ってしまったものの、開いて中を確認することはできなかった。現実的な数字を目の当たりにしてしまったら、形としてふたりが死んだことを再認識してしまう気がして……怖かったから。

 私のために、おそらく困らないくらいのお金を用意してくれた両親に対する感謝と、お金なんかいらないから帰ってきてほしいという気持ちの狭間で、胸が苦しくなる。

 涙を堪える私に、郁美さんはそっとティッシュの箱を差し出してくれた。


「……私は、あなたの親にはなれない」


 少しして、覚悟を決めたように彼女は言った。

 当然だと思う。だから、突き放された感じは不思議となかった。


「だけど……保護者として、できる限りのことはするから」


 言葉足らずな発言の端々に“頼って”が隠されているのは、嫌でも伝わった。

 家族にも、他人にもなりきれない私達の同居は、こうして微妙な空気感と小さな信頼を宿し、始まったのであった。




 



  


 

 

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