ノリから始まる私たち
第1話
私たちの恋は、
「ねぇ、美栗」
「ん…なに?杏柚」
「付き合ってくんない?」
「は?」
軽いノリから始まった。
高校生になって三年。
中三の時に出会った、今はもう親友と呼べるくらい仲良しな相手⸺
「どっか行きたいの?」
「そっちの付き合うじゃなくて。交際の意味」
「こうさい…」
「セックスとかも込みのやつ」
「なんで?」
杏柚は落ち着いた雰囲気の…いわゆる黒髪ギャルみたいな、艶のあるストレートなロングヘアーがよく似合うクール系の美人で、何も私みたいな茶髪JKを口説かなくったって彼氏なんていくらでもできそうなのに。
…実はレズだったとか?
出会って三年、そこそこにモテるはずの彼女が告白の全てを断ってきていたことに納得がいって、自分の中だけで完結して疑問の一つが解消された。
「友達狙うくらい相手いないの?」
他にもたくさんある疑問の一つを投げかけたら、杏柚は天井を仰いで悩ましく唸ったあとで、
「いや、別に…」
じゃあどうして告白してきたの?って言いたくなるような言葉を返した。
そしてすぐに、何かを言い淀むみたいにリップの塗られた赤い唇を尖らせる。
「私達ってさ…高三じゃん」
「うん」
「もうすぐ夏じゃん」
「うん」
「恋したくない?」
「うん、最後だけ意味分かんない」
どこがどう繋がったらそうなるのか理解もできなくて肩を竦ませたら、杏柚は途端に拗ねた顔をする。
「だって高三の夏だよ?青春謳歌したくない?」
「いやそれはしたいけど…」
「青春と言えば恋じゃん?だから恋したいなって」
「あー…ね」
分かるような、分からないような?
「私じゃなくて他のやつに告れば?モテるんだから」
「それもいいけど…今から仲良くなって、色々と手順踏んでたら夏終わっちゃうじゃん」
「だからって…友達に告るのはないでしょ」
「手っ取り早いんだもん」
「見境なさすぎない?」
そんなに焦ってるのかな……杏柚なら秒で彼氏なんて作れちゃうだろうに。
いうて関わってもう長いこと経つ。彼女がとんでもない面倒くさがりで、そのわりに突拍子もないことをする人物だっていうのは嫌というほど知ってるわけで。
今回も気まぐれなテンションとノリのひとつなんだろうことは、考えなくても分かった。
「ね、付き合おうよ。どうせ彼氏いないでしょ?」
「どうせって言うな。…いないけど」
「ならいいじゃん、私と恋しよ?」
ノリノリな様子の杏柚に怪訝と憎たらしい目を向けて、それもアホらしくなってため息を吐き出した。
「いいよ」
「やった。じゃ、今日から恋人ってことで」
「はいはい。よろしく」
どこからどこまで本気か分からないけど、断っても粘りそうだし…面倒だから適当にあしらいつつ漫画を開く。
私のその反応が不満だったのか、ムッとした顔の杏柚が抗議の眼差しで覗き込んできた。
「仮にも彼女なんですけど。放置とかありえない」
「付き合って早々、メンヘラとかありえない」
「恋する乙女はみんなメンヘラになるの」
「えー…だるいんだけど。別れる?」
「交際数秒でフるやついる?」
「いる、ここに」
「…やだ」
漫画に手を置かれて下げられたと思ったら、怒ったようにも拗ねたようにも見える……どこか幼い表情が視界いっぱいに広がった。
距離が近いと思う、暇もなく。
あっさりと、私のファーストキスは付き合って数分も経ってない恋人によって奪われた。
「キスって…こんな感じなんだ」
感触なんて感じてる余裕もなかったくらい呆気にとられた私とは正反対に、しっかり人の唇の感触を味わったらしい杏柚が少し感心した声を出す。
こんな感じなんだ……じゃ、なくて。
「な……なにしてんの」
「え?キス」
「は…?なんで?」
「恋人同士はキスするもんでしょ?」
そう…だけど。
いや、そうなんだけど。
言いたいことがありすぎて、脳の処理が追いつかない。
別にファーストキスに拘りも何もないし、夢見がちな思いなんかも抱えてなかったけど……さすがに付き合ってすぐ、それもさっきまで友達だったやつとキスするとか思ってもみなくて、ただただ呆然と…キョトンとした呑気な杏柚を見た。
「このまま…セックスもする?」
思考を止める追い打ちをかけるかのように、杏柚の無邪気で無粋な言葉は続く。
「あー……でも、どっちが触る?まず先に私が触ってもいい?」
「いやいや、勝手に話進めないでよ。しないから」
「しないの?」
「するわけないじゃん」
「付き合ってるのに」
「そういうの、せめて3ヶ月とか経ってからじゃないの?付き合ってすぐとかヤリモクかよ」
「違うけど…えー。どうせなら早く経験してみたいのに」
「なんで急に……これまで興味もなかったじゃん」
恋したい素振りを見せたこともなければ、友達がいればそれでいいって前に本人がそう言ってたのに。
いったいどんな心境の変化があったのか、私の質問に杏柚は「んー…」と顎に手を当てて悩んだあとで、
「悔しいから」
聞いたところでよく分からなかった返事をした。
「悔しい…?」
「うん。……なんか周りみんな彼氏作ったりしてさ、学校でも惚気祭りじゃん?」
言われてみれば、たしかに。
それまでもそういう話はちょいちょい出てたけど、高三になってからは余計に彼氏やセックスの話題は増えた。
杏柚は誰よりも負けず嫌いだから、くだらないプライドが傷付きでもしたのかな。
…そんなの、他人に合わせてするもんじゃないのに。
呆れて物も言えなくて、杏柚だけは他の奴らと違って恋愛なんかどうでもいいって感じでずっといると思ってたから、勝手に失望した。
私と同じで恋とかそんな興味もなくて、熱中するタイプじゃないって安心もあったから、気に入ってたんだけどな。
「…やっぱり、別れない?」
「え?やだけど。何回別れ話すんの、一日で」
「だってさー……私、杏柚のこと恋愛的に好きじゃないもん。杏柚だってそうでしょ?」
「……うん。友達としては大好き」
「なら別れようよ。友達とセックスとかむりすぎ」
「えーーー……せっかく付き合えたのに」
「じゃあ、お互い相手と恋とかセックスしてもいいって思えるようになったら……また付き合お?」
どうせそんな日、来るわけない。
そうタカを括って提案したら、
「私はもうしてもいいけど?」
返答に困る言葉を発した杏柚が、ずいと距離を詰めてきた。
「…私はむりだから」
二度目のキスの予感は、手で塞いで防いだ。
「美栗は恋…したくないの?」
親友からの遠回しな期待を込めた質問には、正直に頷いて答える。別にしたくない。
⸺拒絶の意味も含ませたつもりだったんだけど…伝わってなかったのかな。
どうしてか、杏柚は未だ口元にやんわり置いていた私の手のひらに向かって唇を押し当てて、その綺麗な形の唇を悪戯につり上げた。
「…セックスしたいと思わせれば、いいんだよね?」
「は?」
「勝負しようよ、美栗」
私の手を取って、まるで恋人相手に甘えるみたいに指を絡めた杏柚が、企みを持って微笑んだ。
う、わぁ……嫌な、予感。
「今年の夏が終わるまでに……美栗が私に惚れてセックスしたいと思った時は私の勝ち。惚れなかったら美栗の勝ちね。その時は諦めて別れてあげる」
すぐ的中してしまった予感に、もはやため息さえ出てこなかった。
「まじでなに言ってんの?そんなバカな勝負するわけ…」
「今ここで逃げるなら、不戦勝ってことで。私の勝ちになるけど……いいの?そうなったらもう別れられないよ?」
「っな……そんなのナシでしょ」
「全然アリ。なんなら拒否する方がナシ」
「ほんと意味分かんないんだけど、言ってることむちゃくちゃじゃん、さっきから…」
「いいから暇潰しに付き合ってよ。どうせ私のこと好きになる事なんてないでしょ?」
「それ…は、そうだけど」
一連の会話の流れから、杏柚の意図は理解できた。
本当にこれはただの“お遊び”目的で、私のことを恋愛に好きとかじゃなく、どこまでもノリだけでやろうとしてるって事は。
杏柚の言うように、私はきっと彼女とセックスしたいなんて今まで思ったこともなければ、今後も思うことはない。それなのに持ちかけてくるって……暇潰し以外に何もないもんね。
負けるって分かってて挑むとか、何が面白いんだろ。
正直こんなくだらない話に乗るよりも、仮にも高三だから受験勉強とか色々…やらなきゃいけないことはたくさんあって忙しい。
「…お願い、美栗」
だけど、このいまいち何考えてるか意味分かんない杏柚と関わっていくなら、深く考える方がバカなくらいで。
「まぁ…いいよ。夏終わるまでね」
私はいつものように、突拍子なお願いに頭を悩ませることもなく応えた。
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