従属少女は夢を見る

第1話




 斑妃都美まだら ひとみは、学校一の問題児である。

 彼女が高校に進学できたことが奇跡と言われるほど、普段の素行は悪く、成績も悲惨なものだ。そのため、裏口ではないかと噂する者もいる。

 そして噂は正しく、実際に彼女は金とコネによって入学した。しかし当の本人は、そのことを知らない。

 自分でもどうして入学できたのか不思議なまま、それでも受かった事に変わりはない。と、抱いた違和感は放置して、好き勝手に高校生活を送っていた。

 最初からどうせ受からなくても中卒で働こうと割り切っていて、退学になっても問題ないと開き直っている彼女の自由さを止められる者は少なく、ついには入学から僅か一ヶ月で教師も諦める始末である。

 そうして月日は流れ、妃都美は高校一年の夏を迎えた。


「だりぃな…」


 度重なる校外での喧嘩に、授業中の外出……いわゆるサボりや、明らかに校則違反な金色に染めたウェーブがかった長い髪や何個も空いたピアス。それからテスト期間中の不登校。酒やタバコはしない主義だが、暴力は平気でする。

 身長175cmと、高校一年生にして飛び抜けた体格の良さから、良くも悪くも…ただでさえ何もしなくてもよく目立つ。

 その上、問題行動ばかり起こすとなれば、悪目立ちする一方だ。

 そんな自分がどうして退学にならないのか、妃都美自身……不可解で仕方なかった。

 しかし考えるのも面倒で、頭を悩ませる前に思考を放棄するから疑問が解消されることはない。


 それなのに最近はもうひとつ、疑問が増えた。


まだらさん……午後の授業は出てくれる?」


 同じクラスで学級委員長の、禅豹愛莉ぜんぴょうあいり

 妃都美とは対象的に、漆黒とも言える腰の辺りまで伸ばした綺麗な黒髪をハーフアップにまとめた彼女は見るからに優等生で、制服もきっちりと着こなした清潔感のある佇まいをしていた。

 ……顔は、学校でも有名になるほどの美人だ。

 容姿も良い上に成績も、授業態度も完璧な彼女は、責任感が強い性格をしているのか、ここ最近やたら妃都美に絡むようになった。

 話しかける内容のほとんどが「サボらないで授業に出てほしい」で、その度に気だるい妃都美によってあしらわれている。

 今も、屋上へ続く踊り場の前でひとりボーッとしていたら、休み時間になって涼しい顔でやってきた。


「話しかけてくんな。殺すぞ」

「……次の授業は体育なの。斑さん、運動神経がいいんでしょ?」


 低い声を出して不機嫌をそのまま露わにしても、愛莉はニコリと微笑んだまま会話を続けた。


「喧嘩が強いと聞いたの。だからきっと、運動するのは得意なのかな?って。ね、一緒に体育の授業受けてみない?」

「得意じゃない。失せろ」

「あなたの運動してるとこ、見てみたいの。お願い。だめかな?」

「しつけえぞ、クソ女」


 立ち上がるついでに華奢な体を軽く蹴飛ばせば、その反動で床に倒れ込んでしまう。

 ひ弱な愛莉を構うこともせず、妃都美はさっさと階段を降りていった。


「待って、斑さん」

「っ……まじでしつけえな、お前!」


 めげずに後を追ってきた事に怒声を上げて、体ごと振り返る。


「授業なんて出ねえよ、あたしに構うな。死ね。目の前から消えろ、目障りだ」

「私は、ただあなたと一緒に運動したくて…」

「あのなぁ、言っとくけど」


 壁際に追い込んで、壁に手をつく。

 自分よりも遥かに身長の低い相手を威圧も込めて見下ろして、妃都美は怒りで歪んだ顔を近付けた。


「仲良くしようと思ってんなら諦めろ。お前みたいな真面目ちゃんが一番嫌いなんだよ」


 さすがに怯えたのか、愛莉の眉尻が下がって、今にも泣き出しそうな僅かに潤んだ瞳で見つめ返す。


「私はそれでも……仲良くなりたい…わ」


 心は折れていなかったようで、ビクビクと顔色を伺いながらも健気な言葉を呟いた。それがまた、妃都美の苛立ちを増幅させる。


「次、同じこと言ってみろ。まじで殴るからな」

「あなたと仲良くなりたい」

「お……おう、お前、そんなすぐ言うなよ。逆に殴りづれえな」

「仲良くなりたい」

「一回黙れ」

「仲良くなりた」

「わかった!黙れ、まじで一回黙れ」

「仲良くなりたい!」

「なっ……なんなんだよ、お前…」


 ついに脳でも破壊されたのか、同じことを何度も口にするゴリ押しな愛莉に、さすがの妃都美も戸惑って後ろへ身を引いた。

 こいつヤバいやつかも、という印象を抱いたのはこの時が初めてだった。

 諦める様子のない愛莉は、今度は頑なな意思を持って妃都美を見上げる。妃都美はその目力の強さに、思わず圧倒されて言葉を詰まらせた。


「私とお友達になりましょう、斑さん」

「な…んで、そんなにしつこいんだよ」

「今は言えない。…でも、とにかくあなたと仲良くなりたい。あなたじゃなきゃだめなの」


 言い回しから裏に何かありそうなのを察して、途端にうんざりした気分になった妃都美はわざとらしいため息を吐き出した。


「……教師にでも頼まれたか?成績を良くするための、ただの良い子ちゃんアピールならやめてくれ。迷惑だ」

「ちがう」

「じゃあなんだよ。こんなやつと仲良くして、真面目なお前になんのメリットがあるんだ?言ってみろよ」

「ごめんなさい。…本当に、今は言えないの。というか言いたくない」

「………だりいな、お前」


 意図が見えなくて困り果てたのと面倒なのとで、頭の後ろを掻く。

 何かのっぴきならない事情があるようだが、自分には関係ない。妃都美に相手のことを察して気遣うなんて考えはさらさらなく、もうこのまま無視して帰ってしまおうと踵を返した。

 しかし、手首を掴まれたことで歩き出す前に体の動きを止める。

 肩越しに振り向けば、下唇を噛んで涙を堪えた愛莉と目が合って、脳内は混乱と焦りに陥った。まさか泣くほどとは、思ってもみなかったからだ。


「な、なんだよ…離せよ」

「一生のお願い。私と仲良くして」

「……こんなとこで、そんな大事なもん使うな」

「今しか使い道がないの」

「どんな一生送る予定なんだ、バカか。…お前みたいな恵まれてるやつは、そんなん一生使う日来ねえから安心しろ」

「冗談じゃない。本気のお願いなの」


 どこか切羽詰まった物言いに、妃都美の中で興味にも似た疑問が過ぎった。


 どうしてそんなに、あたしに固執する?

 何を企んでる?

 ここであたしが折れたら、こいつはどうなる?


 考えても、分かるはずがない。


 ただひとつ分かるのは、


「私と友達になって」


 彼女の気持ちに嘘はないということだった。


「……勝手についてくるだけなら、いい。何も文句言わないでおいてやる」


 完全には拒絶しきれずに、それだけを伝えて妃都美は歩き出した。その後ろを、さっそくお言葉に甘えて…といった様子で愛莉もついていく。

 随分と厄介な奴に目をつけられたな……と気を重くして、午後の授業はサボることに決めた。

 それを知ってか知らずか、愛莉は斜め後ろから妃都美に声をかけた。


「今日の体育はね、武道をやるの。剣道だよ」

「へぇ、そうか。がんばれよ」

「なに言ってるの。斑さんも参加するんでしょ」

「参加するなんて言ってねぇし、しねぇよ」

「だめ。するの」

「そろそろまじでぶち殺すぞ、クソ真面目女」


 あまりのしつこさに、イライラも最高潮に達して振り向きざまに胸ぐらを掴んだ。


「…私、こう見えてもずっと剣道を習ってるの」


 それでも動じずに話を続けた愛莉が一周回って得体の知れない生き物に見えてきて、怪訝に思い手を離した。

 何を考えているのか……分からないからこそ、恐怖を覚えた。


「だからけっこう強いんだけど……どうかな?剣道で喧嘩してみない?」

「…誰が乗るか、そんな話」

「あなたが勝ったら、もう付きまとわない。約束する」


 本当に、何を考えてる…?

 一生のお願いを冗談抜きで使ったと思えば、簡単に諦める条件を提示してくる。

 意図を読めなくて不信感を抱くものの、妃都美にとってこれ以上の好条件はない。こんなか弱い女が、自分に勝てるわけがないとタカをくくって頷いた。


「お前が負けたら、もう二度と目の前に現れるなよ」

「うん、わかった」

「……勝ったら、なんでもひとつ言うこと聞いてやる」

「いいの?」

「あたしにだけ得があるのはずるいからな。どうせ勝てないだろうし、問題ない」

「やった。…ふふ、意外と優しいのね」


 可憐に微笑んだ愛莉を見下ろして、妃都美は鼻で笑った。改めて、こんなやつに負けるわけがない、とそう思ったからだ。

 しかし盛大にフラグを立ててしまったこの時の発言を、早々に後悔することになる。


 この日、彼女は見事に敗北した。


 相手は経験者とはいえ、道着の着用にルール通りの攻め方、一方で妃都美は道着もなしにルール度外視で思いきり竹刀を振るって襲いかかったというのに。


「…私の勝ち、だね」


 気が付いた時には、背中が床についていた。

 目と鼻の先に突き出された竹刀の先端が下ろされて、面を取った愛莉が無邪気に笑ったのを見た時、妃都美は屈辱的でなおかつ理解の追いつかない恐怖を抱いた。

 まさか、こんなやつに負けるなんて……と、信じられない気持ちで頭を白くする。

 何が起きたのか、分からなかった。

 クラスメイトという観衆に囲まれる中、簡単にやられてしまった事に羞恥と驚きが押し寄せて、しばらくその場から動けずにいた。


「約束通り、お友達になりましょう?」


 しゃがみ込んで手を差し出してきた相手に、悔しさを募らせて睨みつける。しかし何も言い返せず、八つ当たりのように手を振り払って自分で立ち上がった。


 この日から、妃都美の日常は一変した。


 愛莉はこの件を期に「学校一の不良を手懐けた」と功績を認められ、教師からも感謝され一気に周りからの好感度を底上げした。

 一方で妃都美は「負け犬」のレッテルを貼られ、


「ふっ、きたよ…きた」


 教室に入るたび、ヒソヒソと笑われるようになった。

 以前は恐怖の対象だったのに、今は愛莉に便乗して自分まで強くなった気分でバカにする人間も少しだが増えた。

 ただ、妃都美にとって、そんなちっぽけな人間のことなんて眼中になく、問題にもならなかった。

 それよりも問題は、


「今日も朝から来て偉いね、斑さん」

「……そういう約束だろうが」


 まるで犬を褒めるのと同じ要領で頭を触られて、不機嫌を丸出しに愛莉の手首を掴んだ。

 晴れて友達になったふたりだったが、勝ったことを理由に学校に来させたり、授業を受けさせたり……と、実態は奴隷にも近い関係性であることが、妃都美にとっての今一番の厄介事だった。


「気安く触るな」

「…今日の放課後、一緒に帰らない?」


 相変わらず人の発言を無視して話を進める愛莉に腹を立てながらも、一周回って諦めた気持ちで頷いた。


「私の家に来てほしいの」

「……嫌だよ」

「負けたあなたに拒否権はないよ」

「あのな、勘違いすんなよ。願いを聞くのはひとつだけって話だったろ」

「友達だもの。放課後に家に来て遊ぶことくらいするでしょ?…まさか、友達なのに仲良くしないなんて言わないよね?」


 ここまで来ると、ただの脅しだ。


「…何を企んでんのか分かんねえけど」


 軽く胸ぐらを掴んで、妃都美は怒りを滲ませた声を出した。


「いつまでも、おとなしく言うこと聞いてると思うなよ。…放課後はひとりで帰れ、クソが」


 そう吐き捨てて、教室を出て行った。

 去っていった後ろ姿を見て、愛莉は嬉しそうに笑う。どこまでも期待通りだと、内心ほくそ笑んだ。

 彼女は明確な目的を持って、妃都美に近付いた。

 妃都美自身がそのことを知るのは、すぐ後のことである。
















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