第2話
透が来るのは、週末の0時。
知人割引とやらで安くする代わりに現金払いにしてとお願いされたから、二万五千円を握りしめた状態で彼女が家に来るのを待った。
お風呂も入ったし、母親にも深夜に人が来ることを伝えたから準備は万端。後は待つだけ。
初のお泊まりだから何話そうかなぁ…って、ベッドの上でゴロゴロしながら待つこと十数分。
思いっきり、爆睡していた。
起きた頃にはもう深夜2時を優に超えていて、とにかく慌ててベッドを下りようとしたら、
「…おはよう」
静かな声が聞こえて、床に足をつけた辺りで体の動きを止める。
「心音のお母さんが入れてくれた」
なんでここに。
そう聞く前に答えてくれた彼女は、読んでいたんだろう本をパタリと閉じて、椅子から立ち上がった。
そして驚いて動けなくなった私のそばまでやってきて、呆れた顔で私の太ももの横……ベッド脇に手をついた。
急に綺麗な顔が目の前に迫ってきたことに驚いて息を止めたら、相手は薄く唇を開いた。
「心音がひとり暮らしだったら、詰んでた」
「ご、ごめん…」
「ごめんで済んだら警察はいらない」
相当怒ってるらしい彼女は、私の手首を掴んで持ち上げた。
そして、手の中にあったお札を無遠慮に奪う。
「お詫びに、添い寝コース追加して」
「そ、添い寝コース…?」
「うん。プラス五千円で一緒に寝れるから」
「いいけど……なんで?」
「……誰かさんのせいで、寝不足なの」
「それはほんとにごめん…」
本当に眠いようで、彼女は私の肩に額を乗せたと思ったらウトウト目を閉じては開いて、眠気と戦っていた。
こんなにも眠いのに起きて待っててくれたんだ……仕事とはいえ、悪いことしちゃったな。
「ごめんね、透…」
「……仕事ですから」
「じゃあ五千円追加するから…早く一緒に寝よ?」
「……ん」
あ……今の、幼ちゃんっぽい。
無口な感じが可愛く思えて、相手に我慢させてる状況だというのについ微笑ましくなってしまう。
「もう眠い……寝ていい…?」
「うん、もちろん。一緒に寝よ?」
「……」
「…透?」
次に声をかけた時にはもう、彼女は寝ていて。
人と肩に頭を預けたまま眠りこけた透を抱きしめて、頭を撫でる。
こんな体勢で寝れちゃうくらい無理させてた事は申し訳なかったから、添い寝のお金プラスで別に一万追加しておいた。
無事に四万飛んだ初のお泊まりは、朝になって透が寝坊する形で終わり。
「……次はもう呼ばないで」
「やだ♡」
「はぁ……わかった。次はいつにする?」
「お金ないから……来月で」
「はい。…今回と同じプランでいいですか」
「うん!」
こうして、月に一度……起こしに来るためだけに、彼女が家へ来てくれることが決まった。
彼女に合わない間はとにかくできるだけお金を稼いどこう…と大学終わりに居酒屋のバイトを詰め込んで、月1じゃなくて月2くらいに回数を増やしたくて頑張った。
それでも五万はかかるから、友達との遊びもなるべく減らしたり、安く済ませたりと工夫した。
今まで会えなかった分の時間を取り戻したくて。
「心音、最近彼氏でもできた?」
「できてないよ」
「そのわりになんか、ノリ悪くない?」
「気のせい気のせい」
と、友達から苦言混じりに聞かれるくらいには必死にお金をかき集めること1ヶ月。
ようやく、待ちに待った透と会える日がやってきた。
今日は絶対に寝ないって、夕方から夜までに仮眠を取ってるから準備万端。これで夜中に眠くなることもないはず。
「心音ー、透ちゃん来たわよー」
「はーい!」
「あんたこんな深夜に呼び出して……まったく」
「ごめんごめん」
母に呼ばれ階段を降りると、玄関先では透がちょうど靴を脱いで廊下へ上がったところだった。
「久しぶり、透!」
「……久しぶり」
透も今日は仮眠でもとってきたのか、約束の0時に到着した彼女はこの間よりも眠くなさそうで……だけどなぜか不機嫌そうに挨拶を返された。
今にも飛びつきたい気持ちはそのおかげで萎えて、そんなにも迷惑そうにしなくてもいいのに…と拗ねた気分で部屋へと招く。
会いたかったのは、私だけなんだろうな。
仕事で来てるだけの彼女を見てると、よく分かる。
よく分かるから、少しつらい。
「……先にお金貰っていい?」
「…うん」
あくまでもお金の繋がりであることも嫌でも思い知らされながらも……ちゃんと用意しておいた三万円を渡した。
「?……五千円多いよ」
「そ、添い寝代」
「あぁ……わかった」
そういうことね、とすぐ察して受け取った彼女は三万円を封筒にしまって、役に入りきるためか何度か深呼吸をした後で立ち上がる。
私よりも背の高い彼女を見上げて、どこまでの触れ合いが許されるのか分からない中で、服の袖をきゅっと握ってみた。
すると彼女は柔らかく微笑んで、愛おしそうに私の髪を撫でてくれる。
「どうしたの、心音」
「……会いたかった」
「私も会いたかったよ」
心のこもってない会話を経て、ふたりでベッドに潜る。
添い寝中、透は私が眠るまで頭を撫で続けてくれた。…きっとサービス精神で。
穏やかな心音と手の感触を感じていたら、意識はすぐ夢の中へと
「…おはよう、心音」
一番に視界を埋めた、少し眠たそうな顔の透に心癒やされながら目を覚ました。
あぁ……いいな。
こんな朝が、いつまでも続けばいいのに。
ピピピ ピピピ
そう思う気持ちとは裏腹に、残酷にも終了のお知らせをスマホのアラームが教えてくれる。
起きるのが遅すぎたみたいで、夢のような時間は目覚めてすぐ終わりを告げた。
切り替えの早い彼女はむくりと体を起こして、さっそく家を出ようと身なりを整え始めたのを……まだ眠くてぼんやりした頭で眺めた。
「…もう行くの?」
「……はい。終わりましたから」
「そっか……じゃあ、またね」
枕に顔半分をうずめながら手を振ったら、透はどこか驚いた顔でこちらを向いた。
「また……お願いする気?」
「?…うん」
「やめなよ。お金の無駄だって」
と、そう言われても……
「やめないよ」
私の意思は固かった。
「また来月も、よろしくね」
「っ……はぁ。わかったよ…」
そうして、出ていく彼女の姿を見送って……その後は二度寝しちゃったらしく、どう過ごしたのか記憶にない。
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