第45話









 いつもの図書室。


 だけど、今日は本ではなくパソコンを見ている。


 御堂さんは週末に友達と遊びに行くお金が欲しいからとバイトを入れたらしく、不在。家に帰っても帰らなくても孤独なのは変わらないので、時間ギリギリまでは粘るつもり。


 パソコンで調べているのは介護職についてで、学校を探しつつ、どんな仕事内容なのかも確認したくて色々と目を通してみている。


 いわゆる3K、きつい汚い危険とかなんとか。最近は5Kやら7K……なにやら不穏なワードも出てくるものの、仮にそうだとしても簡単に諦めるつもりはない。これでも、一度決めたらやり遂げるタイプ。


 介護職は基本的に資格がなくても始められる職業らしく、働きたいと思ったら門は広め。……あ。でも、受けなきゃいけない研修とかがあるんだ。


 資格はいくつかあって、それらを持っているとできることの幅が広がる上に就職にも有利。だとすれば、取らない手はない。


「大学じゃなくて、専門学校が多いんだ……なるほど」


 専門学校に通うと何が良いか――二年で国家資格を取れる。通常は、三年の実務経験が無いとだめとかなんとか。学校に行けば最短で資格も取れて、実習なんかで経験や知識も得られる。


 お恥ずかしながら一度もバイトすらしたことがない私がいきなり社会に放り出されるのは、現実的に考えて無理。


 慣らしも兼ねて、ここは進学したいところ。


 問題は学費と、親の説得。


「お。……意外と安い」


 四年制が基本の大学と違い二年制のところがほとんどだからか、覚悟していたよりも費用はかからないことを知り、学費については解決した。


 事あるごとに父がくれていたお小遣い。浪費する性格でもなく、遊ぶ友達もいなかったおかげでコツコツと貯め続けてなんだかんだ三桁万円近くある。


 貯金で補えない分が残り百万。大学に行くとなったら余裕で何倍も必要になることを考えたら、専門学校の方が説得も楽そう。


 ただ、私が親に対してうまく伝えられるか。


 いきなり母に言うのは怖すぎるから、まずは父を挟む?それで、父から母へなんとか伝言ゲームしてくれないかな。


「お父さん、お、お話が」

「ん?なんだ。お小遣いか?」

「いえ。でも、お金に関わることで…」


 母と弟がいない時間帯、夕飯時を狙って父とふたり、食卓を囲みながら話を切り出した。ちなみに、奴らは今日も豪華に外食である。


「学費?」

「う、うん。半分……くらいは、自分で出そうと思ってるんだけど」

「そんなに貯金してるなんて、すごいじゃないか。お父さん誇らしいよ」


 お。褒められた。


 滅多にないことで喜んでいると、父の反応は思っていたより芳しくないものだった。


「ただ、お金のことはなぁ……お母さんに相談しないと」

「……稼いでるのはお父さんなのに?」

「うん。まぁ、ほら。あれだよ。管理してもらってるから。家事もしてくれてるし、子供の面倒だってさ、俺が仕事で忙しくて任せきりだろ?」


 だから当然だ、と言いたかったんだろう。


 しかし、自分の手元を見れば父が作ってくれた野菜炒めと、父が炊いたお米、そして父が洗ってくれた食器、父が拭いたテーブル……キリがないな。


 確かに母は日頃から家事をしないわけじゃない。むしろ基本的な洗濯や掃除なんかは母担当で、食事の用意も大半は担っている。


 ただ、今日みたく弟だけを連れて外食や、面倒だからやらないと放棄することも多々ある。私に関しては、父がいないと存在を忘れられてご飯を作ってもらえない日もあった。長期休みなんかは特に発生しやすい事案だ。


 父はバリバリ働くサラリーマン。平日は朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってきたりもする。私が幼い頃はさらに忙しかったみたいで、休日にゆったりしてるところを見たことがないくらいだった。


 母は専業主婦。パート経験も皆無。日中は適当に家事を済ませ、ママ友なんかとしょっちゅうランチに出かけたり、買い物に勤しんでいる。週末はもちろん、弟の部活に付き添うか遊び歩いている。


 立場的には、母が上。


「お、おかし…く、ない?」


 家庭内におけるカーストの不平等さを感じて、何度考えても不可解な関係性に触れた。


「お父さんは、仕事がんばってるのに、お母さんは…」

「文乃」


 私の声を途中でかき消した父の声は重く、唸る響きを持っていた。


「お母さんを悪く言うな。……全部、俺が悪いんだ。俺がだめなやつだから」


 あぁ、そうだった。


 我が家では頑なな言論統制が敷かれていて、発言の自由なんてものはない。こと父と私においては、発言権どころか人権までも奪われている。


 恐怖政治のような状態で、父に頼っても無意味。説得どころか、こちらが丸め込められてしまう。


 お金の話は諦めて、じゃあどうしようかと止むことなく思考を巡らせる。


 考えれば考えるほど問題は山積み。もはや人生詰み。夢才能は芽吹く前に摘み、生まれたことがもう罪。……おっと、韻を踏んで遊んでる場合じゃない。真面目に考えろ、私。


「……うん。無理」


 このままじゃ、説得できる気がしない。材料もない。


 どうしたものかと頭を抱える日々は、何日も続いた。






 



 

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