第44話
嬉しいよりも、“困る”が先に口をついて出た。
同時に、自分は大好きな祖母を、現実から目を背けるための言い訳にしていた事にも気が付いた。
葉山が介護をしてくれるとなったら、あたしが面倒を見る必要が無くなる。そうなったら、自分の好きな道に進める。進めてしまう。
仮に都内の行きたい大学を志望したとして、受かったとして、向こうでひとり暮らしを始めることになっても、葉山が地元に残ってそばで見てくれるなら、なんの心配もない。
心配が、無くなってしまう。
ばぁばは、あたしがいないとだめなのに。
自分を縛るために言い聞かせていたことが、実際は違うんだと突きつけられて、すぐには飲み込めなかった。
そのせいで、葉山の……せっかく見つけた目標までも、否定的に捉えてしまった。
余計なことを言ったあたしに怒って、葉山はあれから口を聞いてくれない。学校で会っても目が合わないように顔を逸らされるし、まるで視界にも入れたくないと言わんばかりの対応に落ち込む。
「――葉山」
修学旅行でのやらかしをまた繰り返したくはなくて、昇降口で待ち伏せて、帰るところを掴まえた。
「一緒に帰ろ?」
さすがの葉山も人目を気にしてか、しぶしぶと言った顔でついてきてくれた。それを狙って、わざわざ人が多い時間帯に話しかけて良かった。
「あの、さ…」
帰り道、あたしは恥を忍んで正直に、自分の弱さを打ち明けることにした。この間、葉山がしてくれたみたいに。
「ばぁばと離れるの、怖いんだよね」
どこから話していいか迷った結果、一番大きな感情を伝えた。
何が言いたいのか、まだ察していない葉山はきょとんとした目で見上げてきて、不安を隠すため笑顔を返した。
「あたしさ……ほんとは、進学が良くて。就職は、乗り気じゃなくて」
返事はないものの、しっかりと首の動きで相槌を打ってくれたのを確認して、言葉を続ける。
「行きたい大学も、決まってるの。……ただ、都内だから遠くて。通うなら、ひとり暮らししないと無理で」
「…うん」
「ばぁばのこと心配だし、その大学に行けないなら他はどうでもいいから、諦めて就職って思ってたんだけど……でもこの前、葉山がばぁばの面倒見てくれるって言ってくれたでしょ?」
「う、うん」
「あれ、すごい……嬉しかったんだけど」
そこまで祖母のことを好いてくれてるんだと思ったら、涙が溢れてくるくらいには、本当に嬉しかった。葉山への好意も、以前に比べて増した気もする。
でも、と付け加えると、葉山の表情に影が入る。自分は余計なことをしたんじゃ、と。優しい彼女のことだから、心配しているんだろう。
その心配を取り除くためにも、ここは勇気を出そう。
「怖くなっちゃったの」
怯えて、声が掠れた。
相手の反応が怖くて、瞼と顔を伏せる。
「あたし、必要なくなっちゃうんじゃ……とか、他にも色々。怖くて、それで……葉山の夢、素直に応援できなかった」
ひとりで生きていける気がしなくて、無意識のうちに、恐怖心から逃れるための言い訳にしていたことも話した。
「ごめん。…ごめんね、葉山」
カーディガンの裾を握りしめて涙ながらに謝ると、小さな手があたしの拳をそっと包んだ。
少し冷えた、葉山らしい体温が肌を通って脳に届く。
猫に似てぱっちりとした瞳が、胸いっぱいに膨らむ何かを伝えるように感情を宿して、可哀想なくらい潤みきっていた。
何度か、言おうとしては口を開け、喉でつかえる苦しさに顔を歪めながらも、葉山は精一杯に言葉を紡いだ。
「だ、大丈夫……だよ」
握られた手が潰れちゃうんじゃないかってほどに、力がこもっていた。そのくらいの必死さが、与える痛みを連れて心臓まで運んでくる。
「私が、ちゃんと……史恵さんのこと、面倒見るし、何があっても、そばにいるから。だから、御堂さんはやりたいこと、してほしい」
「葉山…」
「それに、離れてても……大丈夫。何年か離れちゃっても、大丈夫。御堂さんが帰ってくるまで、史恵さんには長生きしてもらうように、私がんばる。がんばるから」
葉山がこれだけ長く、はっきりと自分の気持ちを表現してくれたのは初めてで、感動が胸をきつく締め付けた。
涙が出るたび喉の奥が締まって、言葉にできない感謝で心の中をぐちゃぐちゃにしたあたしの手を、落ち着くまで彼女は撫で続けてくれた。
「か、帰ろ」
「……うん」
すっかり涙も引いて体が冷えた頃、珍しく葉山に手を引かれて祖母の家へと歩みを進めた。
どうしてか急いでる感じがしたから不思議に思ってたけど、着いてすぐ理由が分かった。
「史恵さん」
「あぁ、文乃ちゃ…」
「高校を卒業したら、私と一緒に暮らしてください。この家に住まわしてください」
まさかの同居宣言に、普段はあまり開ききってない祖母の目は、白目がはっきり見えるくらい開いていた。驚きのあまり、あたしも多分、同じような顔をしてる。
「は、葉山…?」
「あの、私……史恵さんのこと、好きで」
だから――の後に続いたのは、
「一生をかけて、そばにいさせてください!」
人によってはプロポーズとも捉えかねない台詞だった。
そこまでの好意を向けられた相手が自分じゃなかったことにムッとしつつも、空回って言葉選びを失敗するほどの熱意には、嬉しさで心が温まった。
「ふは。葉山、ばぁばにプロポーズすんのやめてよ」
「っ……あ、ち、ちが。し、してな」
「妬いちゃう」
冗談めかして後ろから抱きつくと、あわわと慌てふためく葉山の面白い姿が見れた。
「ありがとね」
「や、そ……う、うん」
無事に仲直りもできて、進路も決まって、この時点では何もかもが順調なように思えた。
でも、自分達がどれほどちっぽけな存在で、大人にもなりきれない未熟な立場なのか――立ち塞がる数々の障壁を前に、思い知ることになる。
乗り越えられるかも、曖昧なまま。
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