第46話












「葉山はもう親に言った?」

「まだ……御堂さんは?」

「まだ」


 お互い進路が決まったはいいものの、そこから先に進めなくて悶々としていた。


 葉山はあれから熱心に情報収集していて、会うたびに増えていく知識の欠片をあたしにも分けてくれる。おかげで、志望してるわけでもないのに介護職についての理解が深まった。


 ただ、どれだけ知見を深めても親という壁を突破しないと意味がない。


「考えすぎて、あたまいたい…」

「ちょっと休めば?」


 ここ数日、眉間にシワを寄せてる苦い顔しか見てない。


 たまには笑顔にさせたいと、気分を変えるため手を軽く叩いた。


「そうだ。息抜きにカラオケ行こうよ」

「う…」


 嫌だとは言わないけど、反応で察する。行きたくないんだろうなって。


 喋るのさえ苦手な子が人前で歌うなんて、さらに苦手か。軽率な提案をしてしまったことを反省して、思いつく限りの遊びを口に出してみた。


「プリ撮る?」

「……や」

「買い物行く」

「貯金、したい…から」

「ゲーセン」

「貯金…」

「カフェ巡り。美味しいもの食べる」

「満腹…」


 今日の葉山はいつにも増して気難しい。


 将来のことを見据えて貯金してるのを邪魔したくはないから、お金を使わず、なおかつ休憩になりそうなところを見つけるため首を捻らせる。


 あたしが顎に指を置いて唸っていると、何か良い案でも思いついたらしく、やけにキラキラした瞳がこちらを向いた。


「み、御堂さんの部屋、行きたい」

「あたしの部屋?」


 それは……どっちの?


 仮に実家――母のいる方だったら断固拒否。と警戒してたのも杞憂に終わって、どうやら祖母宅にあるあたしの部屋に興味があるそう。


 なんで?と理由を聞いたら、屋根裏の秘密基地みたいでなんだかワクワクするからと教えてくれた。案外、そういうとこ素直な子供っぽくてかわいい。


 葉山が部屋に入ったのは進路が決まったことを報告しに来たあの一回だけで、もっとちゃんと見てみたいと好奇心に駆られたんだろう。


 減るものでもないし、見られて困るものも無いからとふたつ返事で了承して、さっそく祖母の家に帰った。


「お、おじゃまします…」


 おそるおそる部屋へ踏み入れた葉山は、狭い室内をキョロキョロと落ち着きなく見回す。


「一昔前の……ギャル」

「ふは。元々、ここはあたしのママが使ってた場所らしいから。時代感じるのも無理ないよね」


 彼女らしい感想に頬が緩んで、そばにあった棚の上の写真立てを手に取った。


 映っているのは高校の制服に身を包んだ若かりし頃の母と祖母で、入学式と書かれた看板のそばでふたりとも嬉しそうに微笑んでいる。


「……あたしのママ、昔はモデルやってたんだって」

「も、もでる」

「うん。名前で調べたら、今も出てくるんじゃないかな?……まぁ、活動は主に海外だったみたいだから、日本では聞き馴染みないかもだけど」


 おそらく母にとっても、祖母にとっても、あたしにとっても。誰にとっても消し去りたい黒歴史であり、栄光でもある。


 複雑な事情を話すのは早々にやめて、畳まれた布団の上に腰を落ち着けた。


 あまりうろちょろするのもよろしくないと判断したのか、葉山もそばまでやってきて布団を避け、畳の上にちょこんと座った。


 しばらくは会話もなく、興味深そうに部屋全体を見上げる後ろ姿を楽しむ。……新しい家に越してきた時の猫みたい。


「なにする?」

「……なにもしないを、する」

「やだ。それだとあたしが暇なんだけど」

 

 某黄色い熊みたいなことを言い出すから、退屈が訪れてしまう前に背後から手を伸ばした。


 脇の下と、もう片方は首元から顎にかけて巻き付くようにしてくっついたあたしに驚いた葉山と、肩越しに目が合う。


「暇だから、かまって」


 逃げられないようしっかりと抱き締めたら、嫌な予感に身を包まれたんだろう。小さな肩が竦み上がった。


「や……な、なにを」

「大丈夫。襲ったりしないから。ちゅーするだけ」

「してる…」

「そんなに嫌?」

「シンプル……貞操の危機」


 単語に込められた疑惑と拒絶に耐え兼ねて、「ふは」と吹き出しながら解放してあげた。まさかそんなにも怯えられるなんて、ちょっとショックなのもあった。


 何も本当にするつもりはなく、冗談で言っただけなのに。


 縮まってきたようで遠い葉山との距離を少しでも埋めるべく、まずはあたしの落ち着く距離感に慣れてもらおうと祖母にしてるのと同じようにべったりして様子を見ることに。


「ねぇ、葉山」


 するりと腰から下腹へ手を当てて、耳元に近付いた。


「あたしのこと、好き?」


 これは定期的に祖母に聞く、いわば日常会話的なノリで、決して他意はなかった。


 言葉にしてもらわないと不安で、愛されてる実感を得られない時がたまにあって、ぐらついた心の不安定さを一定に保つための必要な作業でもある。


 愛情不足のつらさを人一倍痛感しているからこその、防衛手段とも言う。


 祖母はそれを知ってか知らずか、あたしが愛情確認をするたびに「大好きだよ」や「大切だよ」とはっきり伝えて頭を撫でてくれる。


 友達に対して重すぎる行動だと半分は頭で理解していて、止められなかった。


 確かに繋がりがあることを、葉山の声で認めてほしかった。


「あ……え…?あ、の」

  

 茹で上がったばかりのタコを彷彿とさせる顔の温度と赤さで振り向いた彼女は、口をもごつかせた。


 あたしはただ、答えを待つばかりだった。







 

 

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