第39話
第三十九話
いつもの場所で、
「キスしたことある?」
脈絡もなく投げられた質問に、ページを捲っていた手を止めた。
驚いて横を見ると、相手もこちらを見てにこやかに笑う。
……え?どういう質問?
本の内容に影響受けて急に気になったのかな。…いや、御堂さんが持ってるのは猫の謎習性図鑑。絶対にありえない。というかそんな本、学校の図書室にあるんだ。どっから見つけてきたんだ。
「な、なんで…?」
「なんとなく」
考えても分からないから聞いたのに、明確な答えが返ってこなくてさらに戸惑う。何かを試されてる…?
とりあえず、答えとくか。
キスしたことがあるか、どうか。
「ある…」
「え!誰と?」
「え…」
あなたと。
忘れ去ってる?ってくらい初見の反応を示した御堂さんに困惑して、危うく本を落としかけた。
え。
したよね?
私のファーストキス奪った張本人ですよね…?
と、ツッコミが如く責めたいのに、口が動かない。脳の動きと体の動きが一致しないのは、一周回って通常通りである。本日も異常なし。
……ん?待てよ。
前回と前々回と、前前前回のキスは相手がレズだと思ってたからこそ意識してたもので、そうじゃないと分かって以降は疑心から解放されている。
つまり、多分今キスされても「あぁ、ただのスキンシップですね」程度の認識で終わらせられる。――わけもない。
私は経験が無いが故に同性相手でもキス認定しちゃってるけど、御堂さんは最初からそういうつもりもなくペットにする感覚だったから、あれはカウントに入れてないということ……?
もしそうだとしたら、こちらも無かったことにするべき……?
いやいや。無理。無理です。軽くちゅっ、どころじゃなかったよ。ちゅ、からのペロッくらいはしてたよ。浅めか深めって聞かれたら、浅瀬に見せかけた沖合だったよ。足つかなくて沈むよ。ギリアウトだよ。
今この瞬間も座っているこの場所でされたキスが正真正銘、あなたと私のファーストキスであると考えますが、御堂さんは違うんですか?
「あ。そういえばあたしとしたことあるね、キス」
どうやら本当に忘れていたらしい。
私とのキスなんて所詮、忘却の彼方に追いやられるほど些細なことなんですね。御堂さんにとっては。はいはい。別に拗ねてませんよ。分かってましたから。別に。
思い出した照れ笑いで言ってきた相手に複雑な内心を隠しつつ頷くと、
「あれが初めてだった?」
今度は、悪戯っぽい笑顔で聞いてきた。
改めて本人を前にして認めるのは、照れる。
しかし嘘をつく理由も必要も見つからず、ただ黙って小さく首を縦に動かした。
「あたしも初めて。同じだね」
「え」
「ん?」
うそだ。
言おうとして、喉が締まる。
真っ向から否定したら、さも御堂さんが男好きの遊び人に見えると言ってるようなもので、一方的に決めつけてしまうことになる。見た目で人を判断してはいけない。
が、相手はクラス1のモテ女。
高校では彼氏を作らない主義で通してるものの、それ以前は絶対にいたと思ってたんだけど……違うの?寝顔や寝起きを見られるのが嫌なのも、てっきり元カレに指摘されたからだと。
キスどころか、上から下までしっかりがっつり経験があるもんだと、勝手に。
「なに驚いてんの」
「え……あ、や、だ、だって、彼氏…」
「いないいない。できたこともないよ」
やっぱりこの人、レズなのかな。
その美貌を持ってして彼氏が出来ない世界線って何?ごめん私ちょっと知らないかも。その世界。
クラスの――いや、学校全体で見ても、かわいい子の隣には大概、彼氏であろう男子がいる。廊下を少し歩いただけでも男女で仲良さげにしてるのをかなりの確率で見かける。
世の中はそういうもので、ましてや年頃の男女なんてなったら余計に恋だの愛だの囁くんだろうと冷ややかと健やかの間くらいの生温かい目で眺めていた。
だから、御堂さんも例外なくそうなのかなって…それに。
「で、でも……よく、告白…」
「あー……毎回断るのだるいんだよね、あれ」
ため息まじりに肘をついた様子から、本当に心底面倒なんだなって気持ちが伝わる。
「男の子は頼りになるし、かっこいいな〜とか思うこともあるけどさ、そういうのじゃないんだよね」
あ。思うんだ。
なんでだろう、御堂さんが男子に対して「きゃ、かっこいい〜」とか胸キュンしてるところ想像すると、なんか違和感が凄い。モヤモヤする。
「付き合うとかも、興味はあるよ。周りはみんな恋愛してて幸せそうだし」
あ。興味あるんだ。
じゃあ、御堂さんに彼氏ができるのも時間の問題なんじゃ…?
友達として祝福するのが正しいことは明白。感情的にも祝いたい。でも、なんだろう。この、強烈な胸の痛みは。
もしや、嫉妬……?
これが俗に言う、女の嫉妬ってやつなの?
私はいつから心の狭い人間になっちゃったんだ。まさか御堂さんに先を越される至極当然の事実と現実を前に悔しくなってしまうなんて。おこがましいにも程が過ぎる。
だめだぞ、葉山文乃。
いくら誰にも相手にされず拗れた人間だからって、唯一できた大切な友達の門出を呪うのは。口とネが間違えちゃってるぞ。だめだめ。
ここは前向きな発言をしておこう。口に出せば心もついてきてくれるはず。
「み、御堂さんなら、すぐ……彼氏、できそう」
「え〜?いらないよ」
「な、なんで?」
「誰かの一番になるとか、だるくない?」
責任重すぎて無理、と軽々しく呟いた彼女は、どんなに仲良くなっても結局は遠い人間なんだと思い知らせてくれる。
誰かの一番になりたくて足掻くような、みっともない人間の気持ちなんて考えたこともないんだろうな。
「葉山は?彼氏とかいたことある?」
「あ、はは」
やめて。
聞かないで。
嫌なタイミングで、嫌なことを思い出した。
『誰がお前みたいなやつ一番にするかよ』
過去最高に苦しかったあの瞬間を。
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