第38話
進路のことで悩む葉山を見て、あたしもそろそろ考えないとなー…と、どこか他人事で呑気な感想を抱いた。
今のところ、進学の意思は無い。金銭面や親、祖母の介護……どう頑張ったって、現実的に無理だから。
就職するにしても、一回は親と話さなきゃいけない。そのことが決断の足を重くする。あの人の機嫌によっては、最悪のケースも想定しておかないと。
「葉山は結局どうするの?進路」
「う…」
自分のことは置いといて、かなり悩んでそうな葉山に聞いてみたら、案の定あまり良くない反応が返ってきた。
「み、御堂さんは?」
「あたしは就職かな〜。葉山は?」
「あ……っと、進学したい……けど、やりたいことは、なくて」
あたしとは真逆だ。
やりたいことや目指したい職業はある程度、自分の中で固まってるのに進学は厳しいあたしとは。
「親にはもう相談したの?」
「ま、まだ……でも、多分、反対されると思う」
「なんで?」
「お父さんは、分からないけど……お母さんは、無理だって言うかも」
「お金ないとか?」
「や、それは、無いことは無い、はず…」
なんでも、父親はそれなりに大きな会社の役員勤めで、お金はあるからお小遣いも必要以上に貰えると教えてくれた。ただ、母親が弟のために貯金したいから自分には出してくれないかも、と不安みたいだ。
いいなぁ、葉山は。
両親揃ってて、本人が願えば学費を出してくれそうな経済力もあって、進学するってなっても大きな障壁は無いんだろうな。
詳しい事情を話してくれるようになったのは嬉しい。ただ、内心はどこまでも複雑だった。
葉山本人が不満に感じているほど家庭環境は荒んでいなくて、むしろ恵まれていて羨ましい。兄弟と比べられちゃうのは息苦しそうで、確かにちょっとしんどそうだけど。
「御堂さんのとこは、その、どんな感じ?なの…」
「あー…」
話の流れであたしの家庭事情まで深掘りされそうな気配を感じて、苦笑いを浮かべた。
「シングルなの。ママとふたり暮らし」
「あ、そ、そうなんだ」
こういう時、気まずい顔をされるのが一番困る。
片親ってだけで可哀想な子って同情されるのも癪だし、実際に自分でも可哀想な境遇って自覚あるからもっと惨めになる。
まずいことを聞いた、と動揺するくせに興味を隠しきれていない葉山は、次の質問をしようか迷っている様子だった。
「……うちはお金ないから、進学とか無理そう」
さり気なく話題を遠ざけて、深追いを避けた。
母親は、自分の生活を支えるだけの貯金はあれどあたしに使うお金はないようだから。嘘ではない。
「そ、そっか。御堂さん、勉強好きなのに、ざ、残念だね」
ほんとだよ。
自分の将来について考えれば考えるほど、縛り付けてくるものの多さに辟易する。だからって、簡単に家族を捨てて身勝手に生きていけるほど薄情でもない。
いっそのこと開き直って捨てた方が楽なんだと、頭では理解してる。
やりたいことやって、好きなように生きて、いずれは恋愛だって……今は怖くて踏み出せない一歩も、そのうち何かのきっかけで前に進めるかも。
そうなったら、どれだけ幸せか計り知れない。
思い描く未来の先に、叶うことなら葉山もばぁばもいてほしい。
「……葉山はさ」
「…ん」
「大人になっても、あたしと友達でいてくれる?」
執着が漏れ出る。
きっと、今この瞬間に約束を交わしたところで確約されることなんてないと知っていながら、望む答えを手に入れたくて、縁側に置かれていた細い指に自分の指を通した。
握られた手に視線を落とした彼女の顔は赤くて、汗をかく気温じゃないというのに頬には雫の粒が滴る。
「う、うん……とも、だち」
拙い口調が胸の奥をくすぐってきて、無意識のうちに上半身を乗り出していた。
伸びた首と視線の先には葉山の唇があって、ふたつの柔らかさが重なり合ってくっつく前に、察しのいい手によって阻止されてしまう。
「こ……ここ、外…」
「縁側だから、ギリ中」
「そういう問題じゃない……あと、友達と、キスしない…」
「猫とはする」
「私、人間……猫じゃない…」
「ふは。ごめんごめん」
からかい半分、本気半分でしようとしていたキスはやめて、寒空に光る星々を仰いだ。
「葉山みたいな友達、初めてできた」
「……陰キャの?」
「ううん、そうじゃなくて。……こんなに好きになった友達」
あたしが笑うと、元からくりくりとして丸い目がさらに丸くなって見上げてくる。
呆気にとられたようにも見える表情は、何かに強く興味を示した猫のように幼く、かわいい。ずっと見ていたくなるのは、そのせいだ。
数秒して、ハッとしたように瞬きを繰り返した彼女は、俯きざまに口の端を僅かばかり上げていた。
「わ、わ……私、も」
もじもじと膝の上で落ち着きなく動く指の動きを目で追う。
「はじめて…」
照れよりも喜びの色を濃く纏わせた小さな声に、とくんと心臓が高鳴った。
――この頃からだと思う、あたしの中で葉山に対する感情が徐々に歪んでいったのは。
“初めて”を貰える嬉しさに、気が付いてしまったのは。
彼女の初体験の全てが、あたしであればいいのにと願ったのは。
全部、この瞬間から始まったんだ。
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