高校2年、秋

第22話










 今日は、葉山を連れ出して放課後にショッピングモールへやってきた。


 理由は、彼女に合った香水を見つけるため。


 お揃いの栞に葉山の匂いをつけたくてなに使ってるか聞いたら、まさかの何も使ってないって言うからびっくりした。


 あたしの周りはみんな使ってるから、ひとりひとつお気に入りの香水があるのは常識くらいに思ってたのに。


 柔軟剤も分かんないって言うし、仕方ないからこれはもう買いにいくしかない…!って。


「ほら、葉山。入ろうよ」

「……う」


 来たはいいけど、香水がズラリとならぶコーナーに足を踏み入れようとした時、葉山が身を引いて拒否反応を起こした。


 どうやら、香水特有の強い匂いが苦手らしい。


 目も口もきゅっと閉じて、呼吸を止めてまで嫌がってるのが可哀想で、早くも断念した。

 

「えー……でも、葉山の匂い欲しい」

「う、うぅん…」

 

 あたしのわがままに付き合ってくれる上に、真剣に答え探そうと顎に指を置いた姿を見て、余計に惜しくなる。


「匂いがつくまで栞を抱きしめて寝るとか」

「……や、破けない、かな」

「じゃあ……柔軟剤ぶっかける?」

「しおれちゃうよ。…しおりだけに」

「ふは。うまい」


 てか根本の話、匂いの元がなんなのか原因が分からないから付けようがない。


「そもそも……その。どんな感じ…なの?」

「あー……葉山の匂い?」

「うん」


 言語化が難しいこの“葉山の匂い”をあたしが持ちうる語彙力で説明しようとすると、


「なんか、めっちゃいいにおい」


 こうなる。

 

 説明にもならない説明を聞いた葉山は「この人、本当に読書家なのかな」って、本を読む人間とは思えない語彙の無さに若干引いていた。やめて?遠い目すんの。


 でも、これ以外に出てこないんだから仕方ない。


 例えるならミルク系。…よく考えたら、香水には無いかも。


「石鹸とか、そっち系かも。あと、ボディケア系?なんか使ってる?」

「……一応、お風呂上がりクリーム塗ってる。乾燥肌」

「あ、じゃあそれかも。テスターあるかなぁ……見に行こ」

「ん」


 フロアを移動して、ドラッグストアのボディケア用品を探した。


「……あ。これ」


 葉山が見つけて指さしたのはどこでも見かけるお買い得なボディクリームで、テスターがあったからさっそく手に取って確認してみた。


「んー……違う」


 確かに近い気はする。実際に、あたしが好きな葉山の匂いの中にこれも混じってるから間違ってはない。


 当たらずとも遠からず。惜しいところまで来ていて、気持ちが焦った。


「まじで、どこからしてんの?なんの匂いなんだろ…」


 気になったら疑問が解消されるまでとことん突き止めたいタイプのあたしは、匂いを辿るように顔を動かして追いかけた。


 はじめは一歩下がって警戒した葉山も、近付けば近付くほど諦めなのか緊張なのか体を硬直させていた。


 おかげで嗅ぎやすいから良い……くらいにしか思ってなかったんだけど、ふと。


 首筋に滴るものに、視線が行った。


 あがり症の葉山は、汗をかきやすい。気温の高さも相まって、夏休み期間は会うたび滝のように濡れてたから家に来てすぐタオルを渡すのがお決まりの流れになっていた。


 もしや…?と、勘が過ぎる。


「体臭かも」

「っ……!?」


 だとしても説明がつかない。だって、まったく汗臭くない。


 あたしの発言に動揺したらしく、自分の腕や肩辺りを嗅ぎ始めた葉山の焦りようには口元が緩んで、同時に体臭なら栞には付けられないや…と気を落とした。


「あ。でも、汗つけたらワンチャン…?」

「それは……やだ…」

「だよね。ごめんごめん」


 そこまでさせるなんて気持ち悪いよねって自覚してやっと、自分の中に芽生えていた激しい執着心に意識が向いた。


 冷静に考えて、相手の匂いを肌見離さず持ち歩きたいとか、相手の匂いに包まれていたいとか……やばくない?


 唖然として、口元を押さえる。


 ここまで付き合ってくれた葉山が寛大すぎるだけで、他の子だったらきっと今頃ドン引きして帰ってたし、次の日には変なこと言い広めてた。…たぶん。


「ごめん、葉山…」

「……?」

「きもかったよね。今日ずっと、迷惑だったでしょ」


 キョトンとした目であたしを見つめた葉山は、どうして謝られてるのか分からないといった顔で小首を傾げた。


「お買い物できて……楽しかった、けど」


 それの何が問題なのかと言わんばかりの、微量の照れを混ぜた口調が、暗い感情で蠢きそうだった心を優しく掬う。


 情緒不安定で様子のおかしなあたしを心配してか、覗き込んできた頬に向かって手を伸ばす。


「っ…!」


 ただ抱き締めたかっただけなのに、過剰なまでに反応して俊敏な動きで後ずさった葉山は、なぜかバッと口を両手で覆い隠した。


「え。な、なに。そんなにやだった?」

「て……貞操、死守」

「は?」

「あと人前。だめ」


 静かに注意されて、察する。


 公共の場ではやめてほしいってことね。納得。


「でも、ちょっとくらい良いじゃん」

「っだ……だめ。それに、ちょっとじゃない」

「ケチ」

「け、けちじゃない。大事なこと」

「嫌がられると逆にいじめたくなっちゃうんだけど」

「っ……あ、あうと」

「うん。今のはあたしも自分でアウトだと思った」


 笛を吹いて親指を立てて、次はイエローカードを出されそうだったから、それ以上しつこくするのはやめておいた。


 今度から、人に見られないところで、バレないようにくっつこ。


 







 

 

 

 

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