第12話
机を挟んで反対側には、担任。
隣には、祖母。
ついに来てしまった、この日が。
絶対に避けたかった、三者面談が。
「お孫さんの、進路のことなんですが…」
「あぁ……はい。進学かねぇ…」
「ばぁば待って」
「うん。進学で」
「ばぁば?聞こえてる?」
「聞こえてるよ。進学だよね」
「違うよ?」
「ということなので、先生……よろしくお願いします」
「急に耳悪くなった?ねぇ、ばぁば?」
開始早々、危惧していたことが見事に現実の出来事として起きてしまった。こうなるのが分かってたから、お願いしたくなかったのに。
額に手を当てて諦念の気持ちからため息さえ出ないあたしと、にこやかな顔をして断固として譲らない祖母へ視線を行き来させて、担任は困惑気味に微笑んだ。
「えーーー……っと。進学希望、ですか」
「はい」
「いや!違うから。あたし卒業したら就職するってずっと言ってるじゃんか、ばぁば」
「あんたひとり働かなくても、うちは食っていけるよ」
「そういう問題じゃなくて…!」
「せりちゃん……お勉強が好きでしょう」
どこか諭すように言われた、図星を突いてきた声と穏やかな瞳の奥に宿る意志の強さに気圧されて言葉を詰まらせた。
祖母の言う通り、あたしは勉強が好き……というか、嫌いじゃない。
幼い頃から率先して学んできたし、今も気が向いたら教科書や参考書を進んで読むくらいには、意欲のある学生だと自負もある。
だけど――。
「大変、申し上げにくいのですが……今の成績だと、行ける大学はかなり限られてくるかと」
必ずしも、好きと得意は一致しない。
いくらやる気があっても、吸収する脳が足りてなきゃ意味がないってことで、ばぁばには悪いけど進学は諦めてもらおうとしたのに。
「ただ、受験まではまだまだ時間があります。今からでも全然遅くはありません。むしろ、今のうちに志望校なんかを決めておけば、対策は充分に可能です」
なぜか担任までもがあたしの進学に乗り気で、いつの間にか2体1の構図が出来上がっていた。
「御堂、大学に行きたくないのは分かるが……視野に入れておくのは良いと思うぞ。気になる分野とか、学部とかないのか?」
や、大学に行きたくないわけじゃ……というか、もし行くとしたらここが良いっていうのは、もうすでに決まっている。あたしの頭でも届きそうで、なおかつ学びたい分野が揃ってるところ。
でもそこは都内で、通うには遠いから。
言えない。
だって、言ったら…。
「……せりちゃん」
膝の上で力を込めていた拳に、シワだらけで温かい手のひらが重なった。
横を見れば、心の拠り所になっている何よりも大切な家族――祖母と視線が交差して、いつだって与えてくれる安心感に今は涙腺が熱くなる。
ばぁばを置いて、ひとりで都内には行けない。
死ぬギリギリまで一緒に居たいのに、もし在学中に何かあったら?間に合わない状況になっちゃったら?電車で片道三時間近くかかる。無いとは言い切れない。そんなのは嫌だ。
それに、ママ――あの人も、放置しすぎるとどうなるか分からなくて怖い。
どう考えたって、あたしが進学を諦めて就職する方が良いのに。
「最後に決めるのは、御堂……お前だが、仮に進学を選んでも先生が全力でサポートする。授業態度は誰よりも良いんだ、自信持て」
「せりちゃん、受けるだけ受けてみましょう」
大人の意見は違うらしい。
ふたりの前には、子供のあたしじゃ見えてない世界が広がってるのかな?一種の好奇心が湧くほどに、熱心な眼差しをしていた。
「……考えさせて、ください」
従った方が楽と直感で感じ取るのに決心がつかなくて、震えた声を絞り出した。
「わかったよ。せりちゃんのペースで、ゆっくり考えましょう」
「そうだな……まだ時間はあるから。焦らずいこうな」
「ありがとう、ばぁば。…あ。先生も」
「おい。先生への感謝はついでか」
「ふは」
なんだかんだ和やかな感じで終了した三者面談。
あたしの思いは固まらなかったとはいえ、一旦は“保留”って答えが出たことが大きな収穫で、未来への第一歩となった。
ばぁばを家まで送って、そのまま泊まる。
「進路かぁ…」
友達は今のところ、就職と進学が半々くらい。…だったはず。
やりたいことが明確な子の方が少なくて、もうすでに確定してる子は決まって頭が良いか、生きる活力に満ち溢れている。
すごいなぁ……あたしも、あんな風になれたらいいな。
いったいこの先、どんな人生になるんだろ。
板の天井を見上げながら自分の行く末をなんとなく幸せな雰囲気で思い描いていたら、ふと葉山の顔がほわわんと浮かんできた。
「葉山は、どうするんだろ…」
まだまだ決まってない子も多い。葉山も、どちらかといえばそっちな気がする。優柔不断そう。
彼女は、どんな大人になるんだろ。
頭良さそうだから、大学は行きそう。友達できるかなぁ、心配だなぁ……ま、できなくてもあたしが仲良くするからいいもんね。そこは卒業しても関われば問題ない。
うーん。
気になる。
考えてたら、葉山の進路がどうしても気になってきちゃった。
「ね、進路もう決まってる?」
善は急げと翌日の放課後、図書室のいつもの席に座ってた葉山へ突撃インタビューを仕掛けたら、彼女は少しだけ嫌そうに体を仰け反らせた後で、
「う、うん……就職…する」
予想外の選択を返した。
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