第13話
人のところに来ていきなり進路を聞いたかと思えば、今度は「え、なんでなんで?」と理由までズケズケと土足で踏み込もうとしてきた相手には、本ガードで対応した。
顔の前で本を開き、もはや読めないくらいの近さで徹底的に外部への情報遮断。外部からの情報も遮断。
どうやら御堂さんは私を進学組だと思っていたらしく、予想が外れて珍しく動揺して気遣いも忘れ答えにくい質問攻めを繰り返した。
私だって言語化できるのなら、話したい。そのことについて、人並みに悩んでたりもするし……でも。
「葉山は就職したいの?だから就職なの?」
いやいやいや、そんなわけあるか。
働きたくないよ……というよりも、こんなんで働けるか心配だよ。多分、親よりも誰よりも私が一番、私の社会性の無さを重く捉えてる上に憂いてるよ。働くくらいならもういっそ――自主規制。
進路については家庭も関わるデリケートな問題故に思うことがありすぎて、話そうとしてもいつもより喉に詰まる。
他人に伝えるのなんて無理に等しくて、だからひとり悶々と体内に不平不満や不安を溜め続けては、夜にひっそりと泣くのだ。
「え。てか、そもそも進学の選択肢あるよね?」
あるわけがない。
御堂さんからの質問に、これまでの経緯を思い出して沸々と怒りで頭に血が登ってきた。
「あー……ない感じ?」
おそらく茹でダコ状態になったであろう私を見て、相変わらず察しのいい彼女は、「まずいこと聞いたかも」とようやく気が付いたんだろう。
「おいしいもの食べいこ?で、葉山が話したいタイミングで聞かせてよ。進路のこととか……それに関わる色々?」
パッと切り替えて明るい方向へ持ち直してくれた。
いつも謎なんだけど、なんでこの人こんなに良くしてくれるんだろう…?
やっぱりハニトラ?せ、セフ……とかいう、大人の関係を狙ってる?御堂さんならこんなん狙わなくても、女の子にだってモテそうなのに?
可愛い子に好かれるのはなんだかソワソワするし、一歩間違えば嫉妬からの自己嫌悪地獄。
彼女と関わり続けることで訪れる最悪のケースがありありと浮かぶから考えるのやめたいのに、やめられないのがつらい。
早いとこ縁を切った方が傷付かずに済むって、これまでの経験から痛いほど理解してるのに、
「じゃ、さっそく行こ?葉山!」
手を差し出されると、取らずにはいられない。
逆光を通す金色の髪が、振り向きざまにふんわりと広がる。茶色の瞳に慈しみが宿り、綺麗な二重瞼が優しく細まる。形の整った薄紅色の唇が、無邪気にはにかむ。
どんなに気が沈んでいても、お先真っ暗でも、前を歩く御堂さんの後をついて歩く間だけは、地に足がつく感覚があった。
憧れと尊敬が入り乱れる心が血迷ったせいだ。
「……親に反対、されてて」
口が滑って、躓いた進路について話してしまったのは。
「うちは、その。弟のが、良くて。頭が。だから、受験があって、あるから……そっちにお金使いたいって、お母さんが」
「なるほどー……なんかそれ、ちょっとやだね」
不慣れなことで拙い私の説明でも事情は伝わったのか、御堂さんは冗談めかしつつも同情と共感を見せてくれた。
立ち寄ったファストフード店のハンバーガーをもさもさ食べながら、何を考えてるのか彼女は天井を仰いでいる。…口の端にケチャップついてるの、教えた方がいいかな。
「あ……み、御堂さ」
「葉山は大学に行きたいんだよね?」
「う、うん」
言えなかった。
意外とワイルドな食べ方をする御堂さんは親指の先についたケチャップをぺろりと舐めて、ポテトに炭酸飲料まで胃に詰め込んだ後で、満足したのかひと呼吸置いて、
「なんで大学行きたいの?」
史上最高に答えたくないことについてあっけらかんと聞いてきた。
「ぁ、う……あ、っと、それ、は…」
い、言えない。
『できるだけ就職を遠ざけたいから』
なんて。
どうしても大学に行きたい理由なんかない。しっかりとした目標や将来設計が定まってるなら、今頃なんの問題もなく親を説得できてる。無いから、説得すらできない。
“大学に行きたい”んじゃない。“働くより大学の方が何倍もマシ”なだけ。
働きたくないから少しでも働く期間を遠ざけようと進学を希望してるなんてふざけたこと抜かしたら、さすがの御堂さんも怒るはず。
怒られたくない。
……嫌われたくない。
こわい。
本当のことを言う恐怖に怯えて、また喉がつっかえて声も出せなくなって全身が冷たく硬直する。なのに、顔と頭は沸騰しそうなほど熱い。
「……大丈夫だよ、葉山」
熱を冷ますみたいに冷えた指先が、頬に当てられた。
促される動きにつられて顔を上げれば、心配と包容を併せ持つ瞳と視線が絡んだ。
「言いたくないなら、無理に言わなくていいよ」
でも、と言葉は続いた。
「言えなくて苦しいなら、いつだっていいから吐き出してね」
受け止めきれない優しさに触れた時、人間の涙腺はこうも容易く緩むのだと。
「あ、じゃあ……御堂さん。ひとつ、だけ」
「うん。なに?」
「……お口にケチャップついてる」
「む。…まじか」
こんな人の多い場所で、御堂さんの前で泣いて迷惑をかけるのは嫌だと、咄嗟に言いたくても言えなかった別のことを引っ張りだすことで堪えた。
真剣な顔から一変、御堂さんは照れを誤魔化すみたいに笑った。
「せっかく良いこと言ったのに。はずかし」
「ん……ふ、ふ。私、拭くよ」
「ありがと」
つられて自然と頬は緩んで、テーブルにあった紙ナプキンを何枚か取って口元に当てた。
薄い紙越しだと柔らかな感触が思いのほかダイレクトに伝わって、「あぁ……この唇とキスしたんだ…」って無自覚に思い返しては、あの時に走った電撃のようなドキドキが胸にまで響いた。
自覚した途端、羞恥が爆発して瞬発的に距離を取り、不審がられたのはもう……言うまでもない。
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