第11話









「なんか、あった?」


 あれから数日。


「い、いえ…」


 心の闇も晴れ、すっかり通常運転に戻った私の元へ暗い顔の御堂さんがやってきて、密かな会合は密かに続いている。


「そっか」


 最近は少し影のある表情をすることの多い御堂さんだけど、悔しいことにそれさえ似合うという現実を自覚すると傷付くので、見ないフリ気付かないフリをしている。


 今も図書室のテーブルに肘をついて、手のひらに顎を乗せ、遠くを見つめ、吐息を零す。所作のひとつひとつが様になってて、ドラマのワンシーンでも見せられてる気分だ。


 それにしても、何か嫌なことあったのかな。


 ……もしかして、失恋?


 いやいや、ないない。あの御堂さんが今さら誰かと付き合うとか想像できないし、仮に付き合ったとしてもきっと相手はベタ惚れ。不幸になる未来が見えない。


 だとしたら、他には……なんだろ。分からん。出てこん。


 かと言って聞けない。


 うん。


 ほっとこう。


「ねぇ、葉山…?」


 決めた矢先、ぽすんと肩に頭を預けてきた御堂さんが、やけに甘ったるい声色を出した。


 寂しさと儚さを織り交ぜた瞳を隠すようにまつ毛が下がって、私を見てない視線とは裏腹に手はしっかりと腕に絡みついていた。


 突然の接近に狼狽えていると、夏らしい青と黄のグラデーションが艶めくネイルの指先が、キュッと弱々しくブラウスの布を握った。


 え。


 い、色仕掛け…?今、私はハニートラップでも仕掛けられてる?


 変な勘違いを起こしてしまうほど強烈な女らしさを見せつけられて、思考も体の動きも停止した。


「たまには……話題、出してほしい」


 これまでの誘惑に似合わない、随分としおらしく控えめなお願いが口から出てきた時は驚いて、さらに呼吸まで止まった。


 言われてみれば、私から話題を用意したことがない。


 いつもいつも勝手に話してくれるからって頼りきりで、そもそも自分から話すって発想さえ湧いてなかった。


 なんか落ち込んでるみたいだから……ここは、うん。頑張ろう。


「え…っと、あの」

「うん」

「……御堂さんも、本、読めば」


 友達がいたこともない私に、話題なんて提供できるはずがなかった。


 悩んだ末に出した苦し紛れの提案にも嫌な顔ひとつせず乗ってくれた御堂さんは「わかった」と、本を取りに立ち上がる。


 少しして戻ってきた彼女が持っていたのは、意外にも哲学書や純文学の類で、イメージにないラインナップに面食らう。


「ん…なに?」

「あ、そ、その……それ」

「あー……なんとなく。気になったから持ってきた」

「そ、そうなんだ…」


 知的なギャップに興味を惹かれると同時に、自然と疑問が浮かぶ。


「どんな本が、好き、なの?普段、どんなの……読むの」


 私からの質問が嬉しかったのか分かりやすく瞳がパッと煌めいて、隣に座り直した御堂さんは、本なんてそっちの気で教えてくれた。


「紙も好きなんだけど、ちょっとした隙間時間とかはスマホで星空文庫の本読んでる」

「あ……無料の、もう、なんか期限切れたやつ?とかある、あの…」

「そうそう。有名なのはドクロマグロだよね〜。真っ先に読んだよ」

「え……でも、それ」


 読んだら発狂するとかで、有名なやつじゃ…?


 言っていいのか微妙なネタに口を閉じたら、また御堂さんの瞳に影が入る。だけど、今回は唇の端だけは上がっていて、虚しい笑顔が完成されていた。


「もう、頭おかしくなりたいなって」

「え…?」

「そうしたら、楽じゃん?色々」


 全然だめだったけどねー、と軽く喉を鳴らして笑った声は乾いていて、


「たかが小説ごときで狂える世界だったら……良かったのにね」


 次に呟いた声は低く、嘲笑するような響きだった。


 下げてるのは小説じゃない。御堂さん自身だ、と。文脈よりも、声色で察した。


 必要なのは慰めなのか、それとも傾聴なのか、はたまた共感か。対応に迷い黙っていたら、眉をひそめ何もない空間を睨んでいた御堂さんが不意に微笑んでこちらを向いた。


「ごめんごめん。小説ごときとか、良くなかったよね」

「あ、や…」

「小説だと、他には西野圭吾とか……作者忘れちゃったけど、お気に入りは東の魔女が死んだ…とかかなー」

「あ。それ、いいよね。私も、読んだ」

「いいよね〜。葉山は何が好き?よかったらオススメ教えてよ」


 違和感を覚えるほどあっさりと元の調子に戻った御堂さんによって空気はガラリと変わり、途中で人が来たからコソコソとほとんど耳打ちみたいな会話を楽しんだ。


 好きな本を語り合ってる時は特に盛り上がって、ラノベやファンタジーが好きな私とは対象的に、リアルな心情描写や文学的要素が強い純文学や私小説が好きらしい御堂さんの趣味には正直ある種の衝撃を受けた。


 ダークな物語も好んで読むみたいで、挙げられた作品の数々の中には、胸糞悪いエピソードが詰まってるものもあった。特にお気に入りだという徘徊シリーズはヒトコワで有名で、読んだことがない私でさえ知っている。


 印象的だったのは、どうしてそういうのが好きなのか聞いた時の返しで。


「人間って愚かなんだな〜って思えるのが、安心するっていうか……みんな死んじゃえばいいのにって時に読むと、スッキリするんだよね」


 あれ。もしかして、御堂さんって。


 実はけっこう、闇深い…?


 と、失礼な憶測が過ぎったけど、


「今日、ありがとね!まじ楽しかった」


 帰り際、闇の欠片も無い笑顔が明るすぎて一瞬で消えた。気のせいだった。









  


 

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