第1話〜裏〜

「はぁ……なんで、こんなことになってるんだろう……」


街灯の下、私はひとり、深夜の街に座り込んでいた。

周囲の家には灯りもなく、風の音だけが静かに耳を撫でる。

寒さも辛いけれど、それ以上に、心が空っぽだった。


付き合っていた彼氏がいた。

最初は私から告白して、好きだったはずだった。

でも──ある時から、彼は変わっていった。


それまでは家族と距離があるタイプだと思っていたのに、

急に実家に帰ることが増え、よく家族の話をするようになった。

私と同じような環境にいたと思っていたのに……。

人の性格が、そんなに簡単に変わるなんて、信じたくなかった。


「……それだけだったら、まだ良かったのに。好きだったから……

 でも、なんで相談もしないで、あんなこと……?」


思い返すのは、あの日の出来事。

彼が、勝手に私の母親を家に連れてきた日のこと。


私がどれだけ母親を避けていたか、あの人なら知っていたはずなのに。

それでも彼は、「なんで怒ってるの?」という顔で、何も悪びれる様子もなかった。

その無神経さと、理解しようとしない目が……怖かった。


気がつけば、家を飛び出していた。

夜の街へ、寒さも忘れて──ただ、逃げるように。


でも、そう遠くへは行けない。

彼にとってこの街は長年住んでいる地元で、

私にとっては“彼についてきた街”だった。土地勘の差がある。


「……もう、本当に、どうしよう……」


どうにもならない現実に、私は地面に項垂れて座り込み、頭を抱えた。

するとそのとき、不意に頭上から声がかけられる。


「………あの〜、大丈夫ですか?」


突然の声に、私はビクッと肩を震わせながらゆっくりと顔を上げた。

コート姿の青年が、街灯の明かりの中に立っていた。

なぜか仮面──お面のようなものを付けていたが、

私の目線に合わせるようにしゃがんでくれていて……どこか、見覚えがあった。


「……ひっ……だ、誰ですか……?」


恐る恐る問いかけると、彼は少し困ったように頭を掻いていた。

その表情に、微かに昔を思い出しそうになる。


「えっと、俺は……まあ、この辺に住んでる人。

 貴女が困ってそうだったから声をかけたんだけど……怖がらせたなら、ごめんね」


柔らかい口調。知らないはずの声。でも、どこか懐かしさがある。

ふと、ひとりの名前が頭をよぎった。

まさかと思いながらも、私は言葉を紡ぐ。


「あ、ありがとうございます……あの、少し、お聞きしたいことがあって……」


「ん? どうかした?」


「……水瀬山都さんって、知りませんか?」


彼はきょとんとした顔を見せたあと、少し警戒するような空気をまとって口を開いた。


「……水瀬山都だったら、俺だけど。……貴女は?」


──え?


私の胸がドクンと跳ねた。

この人が……水瀬? そんなはずは……

私が知ってる水瀬は、こんなに背も高くなかったし、第一、お面なんて──


困惑しながらも、彼の視線がどこか疑うようで、思わず言葉が滑り出た。


「し、知人に……“困ったら頼れ”って言われてて……。それで……」


(うわっ、怪しすぎる……! こんなんじゃ、信じてもらえるわけないよね……)


もうダメかもしれない、と思ったその時──


「はぁ……まぁ、とりあえず、お話だけだったらいいですよ。

 話す場所は……時間的に限られますけど、どうします?」


驚いて顔を上げる。……優しい、声だった。


「……! じ、じゃあ、水瀬さんのお家で……いいですか?」


「俺は貴女が良ければ、別に。じゃあ、ついてきてください」


(えっ、まさか……受けてくれるなんて……!)


胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。

だけど、すぐに現実に引き戻される。


(……水瀬、私のこと……気づいてるのかな?)


数年ぶりの再会。

変わったのは水瀬のほう。

私は、あの頃から何も変われていない。


(……気づかれてないわけ、ないよね。だって私、名前を出したし……

 それとも、気づいてても“あえて”知らないふりしてる?

 うわ〜〜っ、家つく前にパニックで爆発しそう……!)


道を歩きながら、心の中では頭を抱えて叫びたいくらいだった。

水瀬の前でさえなければ、絶対に地面に転がって悶えてた……!!

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