再会と、赦しと、温もりと。

@kanayae

第1話

誰かを蹴落とさなきゃ、理想の世界は掴めない──

どこかの誰かが、そんなことを言っていた。俺も、それは正しいと思った。

だが……考えてみれば、それを思っているのは自分だけとは限らない。

俺が蹴落とそうとした相手だって、きっと同じことを考えていたはずだ。


——この物語は、一度“蹴落とされること”を選んでしまった人間が、

再び“幸福”を掴もうとする、そんな話だ。



■■■■■



「ふあぁぁあ……なんで今日に限って、あんなに客が来たんだよ……。忙しすぎだろ……残業までしちまったし……」


くたびれたコートを羽織り、月明かりと街灯しかない住宅街の夜道を歩く。

冬も真っ只中の12月。今年は“過去一の寒さ”などとニュースで騒がれていたが、それも頷けるほどの冷え込みだった。コートだけでは寒さをしのげず、俺は手のひらを擦り合わせながら早足で帰路を急いでいた。


時刻は23時。周囲の民家はすべて灯りが消えており、聞こえるのは風の音と、自分の足音だけだった。


「はぁ〜……ん?」


……なんだあれ?

街灯の下、誰かが座り込んでいる。

距離があるせいか顔までは見えないが、スカートを履いていることから女性だと推測できた。季節に見合わない服装──まるで衝動的に外に出たかのような印象だ。


(……うーん。無視するのはさすがに人としてどうかと思うけど……とはいえ、こんな時間にあんな場所に座ってるなんて、面倒事の予感しかしない……)


「……あぁ、もう……。あの〜、大丈夫ですか?」


逡巡の末、結局声をかけてしまう。

こういうときに中途半端に善人ぶる性格が、いつも仇になるんだよな……と思いつつ、頭をガシガシと掻きながら近づいた。


俯いていたその女性は、俺の声に気づいたのか、ゆっくりと顔を上げた。

整った顔立ち。少し幼さの残る美人で、年齢は二十代前半くらいに見える。……ただ、それだけではなかった。

どこかで見たような、そんな気がした。


「……ひっ……だ、誰ですか……?」


「えっと、俺は……まぁ、この辺りに住んでる人。貴女が困ってそうだったから声をかけたんだけど……怖がらせたなら、ごめんね」


謝りながらも、頭の中では記憶を探っていた。

この顔、どこかで……。


「……あ、ありがとうございます……少し、お聞きしたいんですが……」


「ん? どうかした?」


「……水瀬山都さんって、知りませんか?」


(……? この人、何言ってんだ……水瀬山都ってのは——)


質問の意味を理解しかけた瞬間、俺は言葉を返した。


「……水瀬山都みなせやまとだったら俺だけど。……貴女は?」


警戒を隠さず、問い返す。

彼女は一瞬驚いた顔をした後、「あ、えっと……知人から“困ったときは頼れ”って言われて……。少しだけ、お話を聞いてもらえませんか?」と口にした。


(……怪しさは拭えない。けど、俺の勘が言ってる。これは……断っちゃいけないって)


「……はぁ。まぁ、話すだけなら構いませんけど。場所はどうします? 時間的にも、限られてますけど」


「じ、じゃあ……水瀬さんのお家で……いいですか?」


「俺は構わないです。貴女さえ良ければ……じゃあ、ついてきてください」


そう言って歩き出した俺の背後を、ゆっくりと彼女がついてくる。

風はいつの間にか止んでいて、夜道に響くのは二人分の足音だけ。


そのリズムを聞きながら、俺は思考をめぐらせる。


(未だに見覚えが拭えない。声にも聞き覚えがある。……いや、もしかしたら——)


ひとりの少女の姿が頭に浮かぶ。

俺の最後の“好き”だった人。

そして、俺が恋愛を諦めるきっかけとなった存在。


(……まさか、な。あの子が、俺に会いに来るなんて。……いくら時間が経ったとはいえ、あの彼女が)


——そう思いながら、謎に包まれた彼女と、静かに家へと向かっていった。

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