第2話
「先に入っててください」
「し、失礼します…大きい家ですね……」
「まぁ、ちょっと広めの家を買ったもんで。——とりあえず、あそこの椅子に座っててください」
リビングの椅子に腰掛ける彼女にお茶を差し出して、俺は机を挟んだ向かいに座る。彼女はどこか落ち着かない様子で、俺は静かにその言葉を待った。
「………」
「……話があるんですよね?」
「あ、そ、そうでした…えっと……」
(やっぱり……記憶にある。喋り方は少し違うけど、声も顔立ちも——きっと間違いない。でも俺から言い出すのは違うな。今は黙っておこう)
頭の中の疑念を横に置いて、彼女の話に耳を傾ける。途中で聞き返したくなるところもあったが、それを遮ることなく、最後まで言わせた。
「——ということなんです……」
「……なるほど。事情は分かりました」
まとめると、彼女は一緒に暮らしていた彼氏に、相談もなく自分の母親まで同居させられたらしい。元々の信頼関係が崩れていた上で、それが決定打になって、衝動的に飛び出してきたというわけだ。そして途方に暮れていたところで、知人の言葉を思い出してこの街に来たらしい。
(……俺のことを探して来たってことは、頼れって言った知人ってのは、俺ってことか……でも、こんな状況でわざわざ俺に……しかも家の場所まで変わってたら、どうするつもりだったんだ)
「それで、俺のことを頼ってきたってわけですね。……ところで、その“知人”って誰ですか?」
そう尋ねると、彼女は少し気まずそうな顔をして答えた。
「……たぶん、本名は知らないと思います。SNSで仲良くしていたって話だったので……」
「SNSの名前でもいいですよ。何て名前だったか、覚えてます?」
「……“ルノ”、だったはずです」
「……ルノ、ね。確かに、仲良くはしてた。……でも、俺が一方的に縁を切ったはずなんだけどな」
「そ、それは聞いてます!でも、いい人だったって……困ったときに何度も助けてもらったって!」
「お、おう……なんか、すごく真っ直ぐ信じてくれてるな……」
(……俺、そこまで信用されるようなことしたっけ?)
「ま、状況も状況ですし、手助けしますよ。まずは寝る場所の確保ですね。案内します、ついてきてください」
立ち上がるついでに、立ち上がりづらそうな彼女に手を差し出す。彼女は少し迷ったような仕草を見せたが、やがて俺の手を取って立ち上がった。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして。じゃあ、2階に行きましょう。使ってない部屋がいくつかあるので……」
階段を上がる途中、ふと聞き忘れていたことを思い出す。
「あ、そういえば——知人の名前は聞いたけど、貴女の名前は?」
「あっ、そうでした……うっかりしてました。えっと、私の名前は『
「じゃあ、瀬瑠乃さんって呼びますね」
「だ、大丈夫です」
「じゃ、ここが今晩使ってもらう部屋です。何か必要なものがあったら、明日教えてください。……あ、そうだ、明日一緒に買いに行きましょうか?」
「……あっ、それなんですが……明日、一緒に買いに行ってもらってもいいですか?」
「もちろん。どうせ明日は休みだし、10時頃に出ましょうか。……夕飯は、もう大丈夫です?」
「はい。今日はもう食べましたので……それじゃ、おやすみなさい、水瀬さん」
控えめな、でもどこか懐かしさと無邪気さを感じさせる笑顔だった。
「はい、おやすみなさい」
俺は軽く会釈して部屋を後にし、自室に入ると机にお面を置き、ベッドに倒れ込んだ。
「はぁ……平静装うのも、限界がある……明らかにルノさんじゃん、あれ。間違いない……名前は初めて知ったけどさ……」
天井を見上げながら、思わず口に出す。
「てか、ルノさんの彼氏って……アイツだよな?母親と仲悪いの知ってて連れてきたって……それ、完全に確信犯じゃねぇか。俺も相当だったけど、あいつはそれ以上だな……」
思考がまとまり始めた時、俺は布団の上で拳を握った。
「信頼されたからには、応えないとな。明日は買い物。そのあと華咲たちに相談して……よし」
天井に掲げたその拳は、小さいけど確かな決意の証だった。
「彼女を——守る」
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