第2話〜裏〜

「先に入っててください」


「し、失礼します……大きな家ですね……」


「そうですね、少し広めの家を買ったので。……とりあえず、そこの椅子に座っててください」


玄関のドアを閉めた彼は、そのままリビングまで案内してくれた。そして椅子を引いて私を座らせ、お茶まで淹れてくれた。

こんなに紳士的だったっけ……前は、もう少し不器用だった気がするけど。


「………」


「………? 話があるんでしたよね?」


「あ、そ、そうでした……えっと……」


首をかしげながら問いかけてくる彼に、慌てて説明を始める。話しているうちに、また怒りがこみ上げてきた。

ずっと我慢してきたけど、私に相談もせず、あの人が母親を呼んだなんて——あれはもう、信じられなかった。

確かに、昔から家族とはいろいろあった。でも、私は彼にずっと話してきたし、「仲の良い家族になりたい」という気持ちもあった。……だけど、あんな強引な形で実現されるなんて——


「……ということなんです……」


「……なるほど。そういうことでしたか」


少しうつむいて考えこむ水瀬くんを横目に、私はリビングの内装に視線を向けた。すごく綺麗な家。

……でも、水瀬くんって、確か家族と仲が良かったんじゃなかったっけ? だから実家暮らしだと思ってたんだけど……違ったのかな?


「それで、俺のことを頼ってきたと……そういえば、その“知人”の名前は? 覚えていないもので」


不意に名前を尋ねられ、内心かなり焦ったけど……落ち着いて、「……たぶん、名前は知らないと思うんです。SNSで仲良くしていた方で……」と返す。

すると彼は特に驚く様子も見せず、「そのSNSでの名前は?」と続けて聞いてきた。

私は、昔のアカウント名を答えた。


「……ルノ、だったはずです」


「……ルノさんか……確かに、仲良くしてました。でも……俺、彼女に悪いことをしてしまったので、縁を切ったはずなんですよね」


少し申し訳なさそうに言う水瀬くんの顔を見て、胸が痛くなった。

確かにあの時、私は彼の束縛を嫌がった。けれど、今なら分かる。

あれは心配から来る行動だったって——だから、思わず力強く言い返してしまった。


「そ、それは聞きました! でも、いい人で、困ったときに毎回助けてくれたとも聞いたので……!」


「お、おう……すごい力強く言ってきますね……」


それから水瀬くんは、私の頼みを受け入れてくれ、部屋を案内してくれることになった。

立ち上がろうとした私に手を差し出してくれたのも……やっぱり、前とは全然違う。

思わず「あ、ありがとうございます……」と口にする。


「どういたしまして。じゃあ、2階に行きましょうか。空いてる部屋がいくつかありますし……あ、そういえば。知人の名前は聞きましたが、あなたの名前はまだでしたね。貴女のお名前は?」


階段を上がりながら、彼がそう尋ねてきた。

そういえば……私はずっと自分の話ばかりして、名前も名乗らずにいたんだ。

顔が熱くなるのを感じながら、私は少し恥ずかしそうに名乗った。


「えっと……私の名前は、“山本瀬瑠乃”っていいます。……お世話になります」


「ん、瀬瑠乃さんって呼んでいいですか?」


「だ、大丈夫です」


「じゃあ、瀬瑠乃さん。この部屋を自分用に使ってください。欲しいものがあれば、明日でも言ってもらえればすぐに——」


「あっ、それなんですが……明日、一緒に買いに行ってくれませんか?」


「……いいですよ。どのみち、明日は休みですから。じゃあ、10時くらいに出ましょうか。……夕飯は、大丈夫ですか?」


私の無理なお願いにも即答で応じてくれて、驚いてしまった。もちろん、買い物に付き添ってほしいのは怖さもあったけど、それ以上に、一緒に出かけたかった——そんな気持ちもあった。

夕飯はすでに食べていたので断り、おやすみなさいと挨拶する。

すると、水瀬くんは、お面をつけているにも関わらず——どこか微笑んでいるように見えた。


あの頃の彼の印象が強く残っているからか、いろんなところで驚かされてばかり。

ちょっとだけ恥ずかしくなりながら、部屋のドアを閉めようとしたとき——

お面を外した彼の顔が、一瞬、視界に入った。


「……あれって、火傷……だよね」


顔の右半分に見えた、痛々しい火傷の痕跡。

あぁ、きっとあのお面は、他人から怯えられないためのものなんだ——


「そ、そういえば……あの人、確か機嫌がいい日があった気がする。『いいことがあったんだ! いつか瀬瑠乃にも言うから、気にすんな』って言ってたけど……そんなこと、あるわけ……」


ふと浮かんでしまった、ある可能性。

まさか、あの人……“幽崎夕かすざきゆう”が、水瀬くんの顔を焼いたんじゃ——


いやいや、そんなはず……とすぐに打ち消そうとする。

けれどその考えは頭から離れず、寝るのが2時近くになってしまった——

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