第十九節「血の交錯(後半)」
夜の雨は、ついに足立区のアスファルトを濡らし始めていた。
朝比奈一翔は、マイルームダンジョンの“主”として、自宅の一室を中心に拠点の防衛強化を進めていた。狭い空間の中に配置された転移陣、物資の保管結界、そして常時起動型の結界術式――すべて、ここ数日のうちに緊急対応として施されたものだ。
「こっちは終わった。こっちは……うわ、また自動解除されてるじゃん!」
常磐瑠璃が膝をついて、調整装置の端末に怒声を飛ばす。彼女の感知能力がなければ、ここまでの術式制御は不可能だった。背後で灰島匠が頭をかきながら唸った。
「マジで誰だよこんな仕組み作ったの……いや、俺らだわ。でもさ、いくらなんでも初期バージョン不安定すぎだろ」
「文句言う前に手を動かして!」
「してるわ!」
一翔はふと、端末の通知を確認しながら立ち止まった。
画面には、ギルド本部の未認証アクセス記録と、未知の通信傍受ログ。さらに――狩野拓巳の個体識別IDが、かすかにログインしていた形跡。
「……狩野さん……?」
その瞬間、頭の中で何かが繋がった。一翔はUSBを読み込ませると、映し出されたファイル群に目を通す。
《極秘:対象拠点(コード:AS-01)制圧作戦案》
《優先対象:朝比奈一翔(コード:Awakened Key)》
《部隊編成:第八戦術班+外郭兵装ユニット「ブラッド・チャージャーズ」》
――やはり来る。
一翔は深く息を吸い、周囲の仲間に目を向けた。
「みんな、聞いてくれ。今夜、ギルドがここを制圧しに来る。理由は明言されてないが……少なくとも、俺が“危険因子”として判断されたってことは、間違いない」
「は? あんたが? 冗談でしょ!」
そう叫んだのは瑠璃だが、灰島も口を引き締めた。
「……情報の出所は?」
「狩野さんだ。彼が、間に合うようにリークしてくれた」
その名前に、瑠璃の表情が複雑に歪んだ。
「じゃあ……あの人、本当にスパイじゃなかったの?」
「スパイだったかもしれない。でも、同時に――俺たちを守るために動いてくれていた」
外では、雷鳴が轟いた。
その音とほぼ同時に、拠点の防御結界が一つ破られる警告が鳴り響く。
「来たな……!」
一翔は深く頷き、魔石埋め込み式の短剣を腰に差しながら告げた。
「これより、迎撃を開始する。だが、無闇に殺す必要はない。相手は俺たちの“仲間”だった人間だ。敵と見なすのではなく、“欺かれた者”として対処する」
「了解」
「わかった」
灰島と瑠璃が同時に頷いた。
迎撃システムの魔導銃が壁面から展開され、自動目標照準が作動を開始する。マイルームダンジョンの中心部である拠点コアが青白く光を放つと、その空間の様相すら変わり始めた。
“自律拠点防衛モード:起動”
そして、雨音の中に紛れて、最初の“来訪者”の足音が響いた。
それは、ギルドの正規部隊とは異なる、無機質で異様な足取り。
――外郭兵装ユニット「ブラッド・チャージャーズ」。
人のようでいて、人ではない。ギルドが極秘に開発していた、自律型戦術魔具兵の部隊。外見は人間兵士に近く、装備は通常の魔術士と変わらないが、思考は既に人のそれではなかった。
「来るぞ!」
「迎撃配置、全員展開!」
そのときだった。
突然、瑠璃が叫ぶ。
「待って……あの中央のやつ、なんか違う!」
一翔が視線を向けると、前線に立つユニットのひとつ――その顔が、はっきりと“誰か”の面影を残していた。
「……狩野さん……?」
その目は、かすかに一翔を見つめていた。
だが、次の瞬間、狩野に似たその“人型”の顔が、微かに笑ったように見え――爆音と共に、前線は戦火に包まれた。
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