第二十節「選択の刻(前半)」

 夜の足立区竹ノ塚。深く沈んだ街の灯は、遠く湾岸のクレーターから吹き上がる瘴気に霞んでいた。薄暗い雲の下、マイルームダンジョンの扉が微かに振動する。


 「……来たか」


 朝比奈一翔は扉の前に立ち、背後の仲間たちを見回した。


 白神紗夜。隠密と追跡に長けた元公安の女。

 狩野拓巳。元陸自偵察部隊のサバイバリスト。

 常磐瑠璃。感知に秀でた新米探索士。

 そして、情報収集と裏交渉のプロ——ギルド幹部・西條院ハルカ。


 「予想より、早かったですね」


 低く囁く紗夜の目が、ダンジョンの空間歪みに向けられる。情報では、敵対勢力“アーク・フェクサス”の尖兵がこちらの拠点を嗅ぎつけたらしい。しかも、内部に“協力者”がいるという確証付きで。


 「――このまま戦うか。あるいは……切り札を切るか」


 一翔の言葉に、全員が黙した。選択の刻は、目前だった。


 「朝比奈くん。さっきの暗号通信、読んだ?」


 西條院ハルカが封印済みのクリスタルを取り出し、机の上に置いた。

 それは、国家機関特災対策庁からの非公式通信。内容は、アーク・フェクサスの東京湾岸ルート制圧計画。そしてその中に、一翔たちの名前が明記されていた。


 「“協力者”が我々の情報を横流ししている。誰かはわからない。だが、リストに記された作戦構成から、我々の“動線”が全て割られていた」


 「つまり、ギルドの中に……」


 狩野拓巳が呟く。

 「“裏切者”がいるってことだ」


 瑠璃は、唇を噛みしめる。かつて所属していた小隊も、仲間の裏切りで壊滅した記憶が蘇るのだろう。


 一翔は黙って、マイルームダンジョンの中枢に視線を向けた。

 ここを、守れるのか。それとも、捨てねばならないのか。


 「選択肢は、三つある」


 一翔はそう切り出した。


 一つ目。今の拠点を維持し、潜入者をあぶり出すまで迎撃態勢を取る。

 二つ目。拠点を捨て、安全な場所に再構築する。

 三つ目。こちらから先手を打ち、アーク・フェクサスの隠密ルートを叩く。


 「三番目はリスクが高すぎます。相手の拠点、まだ特定できてません」


 ハルカが指摘する。

 「でも、このままじゃ……内部に裏切者がいる以上、どこに移っても意味ないんじゃ……」


 瑠璃の声に、狩野が応じた。


 「いや、逆に考えるんだ。あえて動くことで、裏切者を炙り出す」


 作戦の布石は、揃いつつあった。

 情報の偽装。退避経路の誤報。仲間の行動ログを意図的にズラし、裏からリークされる情報と照らし合わせる。


 「俺たちの動きに、誰が最も早く反応するか――それが答えだ」


 「だが、それには“餌”が必要だ」


 紗夜が、冷たく告げる。

 「朝比奈――あなた自身が、囮になる覚悟はある?」


 一翔は、ゆっくりと頷いた。


 「当然だ。……この場所を守るためなら、俺は何でもやる」


 その言葉に、誰もが沈黙した。だが同時に、誰もが立ち上がる準備を始めていた。


 拠点を守るか、未来を切り拓くか――。

 選択の刻は、仲間たちそれぞれの胸にも迫っていた。

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