恭くんの素晴らしさを語り合える同志は歓迎です(2)
誰かが食器を持って立ち上がると、一人、また一人と静かに立ち去っていく。
わたしはホッと息を吐いて腰を下ろす。そして数馬を見た。
「数馬が味方してくれたの意外だった」
「は?」
「数馬も恭くんのこと嫌ってるっぽかったから」
「……オレもちょっと反省したんだよ。話してみたら、まあ、普通に良い奴だったし」
「話した?」
教室内で恭くんと数馬が話しているところなんて見たことがない。
わたしが首をかしげると、数馬は眉を苛立ったようにひくつかせた。
「前、学校案内オレに任せて走って帰ったのはどこの誰だ」
「あ」
「それなりに気まずかったからな。それに、良い奴って言っても仲良くする気はねえし。……あいつはライバルだ」
「ライバル?」
何に関するライバルなのだろう……と考えて、まさかと思う。
「え、数馬って役者目指してたの!?」
「は?」
「恭くんがライバルってことはそういうことじゃ……?」
「馬鹿っ、違えよ!」
数馬はなぜか顔を真っ赤にしてそう言うと、勢いよく立ち上がって食器を片付けに行った。真緒も苦笑いしてそれに続く。
何? 何なのいったい?
わたしも「待ってよ」と言って追いかけようとした。
……そのとき。
誰かにグイっと腕を引かれた。
その人の顔を見て、腰を抜かしそうになる。
「わ、え……き、き恭くん!? あ、ちが、天羽くん……」
恭くんはわたしの腕をつかんだまま、優しい笑みを浮かべていた。
「武藤さん、さっきはありがとう」
「へ……」
お礼を言われて、わたしの脳裏にさっきの狂気じみた行動が蘇る。
色々な角度から推しを馬鹿にされ、怒りによりものすごくハイになっていた。感謝される筋合いはないし、むしろこちらがスライディング土下座しなければならない状況ではなかろうか。
そう思っていたから、恭くんが少しだけ怒ったように「でもこれだけは言わせて」と言ったとき、どんな言葉で非難されようと受け入れる覚悟だった。
……が、続いた言葉は、しばらく意味を理解できないぐらい意外なものだった。
「彼女がいないっていうの、本当なんだけど」
「……は?」
「だからさ、さっき武藤さん、俺が『彼女がいない』って言うのはファンをガッカリさせないための嘘だって言ってたじゃん。でも、本当だから」
「そ、そっか……ごめん……?」
恭くんは少し照れたように目を逸らす。
な、何て珍しい表情を……。ちょ、シャッターチャンスですよカメラマン!
あ、カメラマンいないな。しょうがないわたしの心のカメラにだけ残しときますちくしょう。
「まあ、確かに嘘もあるんだけどね。彼女をつくらない理由は『仕事に集中したいから』じゃないよ」
「うん?」
「本当の理由は、……初恋の女の子のことが忘れられないから、なんだ」
?
ハツコイノオンナノコ???
……いや、うん。まあ16歳男子なんだから初恋ぐらいしてて何もおかしくない。初恋が何歳頃の話か知らないけど、その初恋の子を今でも想ってるとはだいぶ一途で可愛いというか。
ファンとしては新たな一面大発見ではあるけども……
「え、えと、何でわたしにそんな話を?」
まさか、恭くんへの愛を語ってしまったせいで、わたしも先ほどの女子たちのように、恭くんを狙っている一人だと思われてしまったのか。それで遠回しに諦めるように言っているのだろうか。
叫びたい。誤解だ。
わたしは、推しには遠い世界の住人でいて欲しいんだ。ガチ恋はしない派なのだ。
緊張で身を固くするわたしに、恭くんはなぜかゆっくり顔を近づけてきた。
そして、耳元に吐息がかかる距離で、ささやくように言った。
「その初恋の女の子が、ミズキちゃんにそっくりだから思わず、ね」
「っ……!?」
「顔はもちろん、声や、不思議と周りを惹きつける魅力なんかも……本当によく似てる」
……これ以上、言わせてはいけない気がした。
とある可能性が一つ、わたしの頭をかすめたのだ。
「わたし、は……その子じゃ……」
「みずきー? どうしたの? 早く教室戻ろ」
わたしが来ていないことに気付いた真緒が戻ってきた。
今の状態を見られるのはまずいと咄嗟に判断し、わたしは半分押しのけるようにして恭くんから離れる。
「い、今行く!」
背中に送られる恭くんからの視線には気づかないフリをして、真緒のところへ走る。
心臓が大袈裟なぐらいバクバクしていた。
──余談だけど、この件以来ちょっとした噂が流れた。
1年2組に在籍する俳優の天羽恭。
間違っても彼の恋人になろうなどと目論んではならない。
ちょっとでもアピールするような素振りがあれば、彼と同じクラスの熱狂的ファン・武藤瑞紀にしばき倒されるぞ、と。
……何でだよ!!
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