映画はとりあえず二回見る(1)
▽
朝起きてテレビの情報番組を付けると、推しが映っていた。ちなみに全国放送である。
当然ながら把握していたわたしは、今日はいつもより十五分ほど早く起きた。
「ああ、とうとう今日公開か……」
わたしはテレビの前で一人、しみじみと呟いた。
──天羽恭が、主人公の息子役で出演する映画。
番組でゲストとして出演しているのは主演女優だけで、恭くんは出ていない。
彼が映ったのは、番組内で流された映画のCMだ。
『……では神山さん。映画の見どころを教えて頂けますか?』
『はい。私演じる死を目前にしたアラフォー主婦が、たくさんの人を巻き込みながら幼い頃の夢を叶えようとする、ハートフルヒューマンストーリーです。明るく前向きに振る舞いながら、迫りくる死の恐怖に抗おうとする主人公の姿を見てもらえたらと思います。家族や元恋人、幼なじみとの関係性にも注目です』
主演女優の
恭くんが神山愛子の息子役をするまでになるとは……と感慨深いものがある。あわよくばこの映画で注目されますように。
神山愛子へのインタビューは続く。
『共演した方の中で、印象に残っている方なんていらっしゃいますか』
頼む! そこは恭くん! 恭くんの名前出してくれ!
『そうですねぇ……あ、今回初めて共演した、息子役の天羽恭くん』
よっしゃきた! ありがとうございます!
『あの子ちょうど私の子どもと同世代なのに信じられないぐらいしっかりしてて。本当の息子に欲しいなぁ~なんて』
いいぞ、その話もっと掘り下げろ!
……という願いは虚しく、恭くんの話題はこれで終了。もう次の質問に移ってしまった。
わたしは朝ごはんを食べたり着替えたりしながら、テレビに耳を傾け続ける。
家を出なければならない時間は迫っているけど、もう一回ぐらい恭くんが映らないかな……なんて思って、なかなか離れられない。
ちなみに、こういう時に注意してくれる家族は家にいない。
兄弟姉妹はおらず、父親は仕事の拠点が海外だから、昔からタワーマンションの一室で母と二人で暮らしている。
そして、そのお母さんも仕事に忙しい人。中学生ぐらいまでは家政婦さんが来てくれたこともあったけど、最近は家事もわたしが担当し、広い部屋でもっぱら一人なのだ。
……そんなこんなで、結局今日も遅刻寸前チキンレースをする羽目になった。
「間に合った~」
チャイムが鳴るまであと3分。教室に入って小さくガッツポーズする。
息を整えながら自分の席に行くと、隣の席に人だかりができていた。
「映画今日公開なんだよね、天羽くん! CM映ってたよ、すごいね!」
「しかもあの神山愛子と共演だろ? なあ、本物の神山愛子、やっぱ美人?」
なるほど。ここでも映画の話題か。
恭くんが同じクラスにいることにすっかり慣れてしまった1年2組のメンバーたちだけど、やっぱり実際にテレビで見ると芸能人であることを再認識するらしい。
近くにいた一人がわたしに気付いて声を掛けてくる。
「おはよー武藤ちゃん! 武藤ちゃんも当然見たでしょ、天羽くんが出てる映画のCM」
「うん。明日土曜日だから、一人でゆっくり見てこようと思ってる。前売りも買ってあるんだ」
一回目は恭くんばっかり見て内容が半分ほどしか入ってこないこと確定なので、とりあえず二回は見るつもりだ。
そしてチャイムが鳴り、集まっていたクラスメイトたちが戻っていった後。
「そっか。瑞紀ちゃんもうチケット買っちゃってたんだ」
隣の席で、恭くんが短くため息をついた。
「え? あ、うん。もちろん発売開始日に買ったけど……」
「瑞紀ちゃん絶対見ると思ったから、チケット一枚プレゼントしようと思ってもらっておいたんだけど……残念、サプライズ失敗」
「なななっ……! そんなの、わたしなんかじゃなくもっと大切な人にプレゼントしてください!」
薄々感づいていることがある。
あの学食の一件以来、恭くんは前より積極的に、わたしとの距離を縮めようとしている気がするのだ。
呼び方もいつの間にか「武藤さん」から「瑞紀ちゃん」になっている。あまりに自然に移行していたので、指摘するタイミングを失ってしまった。
「何で? 俺にとって瑞紀ちゃんは大切な人だよ?」
「そっ、そういう言い方は誤解を生むから! “大切なファンの一人”ってことでしょ!?」
「ふふ、じゃあそういうことでいいや」
だめだ。わたしには恭くんの考えていることがわからん……。
いや、そういうミステリアスな部分も非常に魅力的ですけども。推せる。
あ、違う待って。
推しの恭くんとクラスメイトの天羽くんは分けて考えなきゃダメなんだってば。最近混同しがちだぞ、落ち着けわたし。
「ねえ、──……っていい?」
そんなことをごちゃごちゃ考えていたせいで、わたしは恭くんから何か言われたのに完全に聞き逃してしていた。
普通に聞き返せば良かったものを、大したことじゃないだろうと思い、とりあえず「うん」とうなずく。
すると、なぜか恭くんは次々と質問を重ねてきた。
「瑞紀ちゃんはいつもどこの映画館行くの?」
「駅近くのショッピングセンターの……」
「ああ、そこ行ったことないや。明日の映画は何時からの回? 午前中?」
「10:30からの回のつもりだけど」
「了解。じゃあ10時に駅集合でどう?」
……?
ようやく、自分の知らないところで勝手に話が進んでいることに気が付いた。
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