恭くんの素晴らしさを語り合える同志は歓迎です(1)
▽
「今日も今日とて、天羽恭人気はすごいねぇ」
「ただでさえ狭い食堂がさらに狭いな」
真緒と数馬が同じ方向を見て、それぞれ感想を口にした。
昼休み、大抵わたしは真緒数馬のいつメンと学食でお昼ごはんを食べる。
そしてこの日、いつもはどこかの店で買ったらしいお弁当を持参している恭くんも、珍しく学食に来ていたのだ。
恭くんの周りには、あわよくばお近づきになろうとしているクラスも学年も様々な女子たちがこれでもかというほど群がっていた。
「瑞紀はあそこの仲間入りしなくていいの?」
「わたしはクラスメイトにキャーキャー言う趣味はないからね。推しはここから落ち着いて見るに限るでしょ」
わたしが見ているのは人混みの中心部じゃなくて、スマホの画面。
昨日地方番組にちょこっと出演していた恭くん。もう何度目になるかわからないけど、見放題サイトでまた再生ボタンを押す。
「はああああ。顔がいいなあ本当にもう。うんうん、トークも頑張ってる……」
一生懸命話すけれど拾ってもらえなくて、それでもニコニコしているところとか可愛い。好き。
真緒と数馬は慣れたもので、ぶつぶつ言いながらスマホを見るわたしを「せめて食べ終わってから見なよ」と生ぬるい目で見守っている。
だけど、そんな平和な気分でいたわたしの耳に、少しばかり不穏な声が聞こえてきた。
「ねえねえ、天羽くんって彼女いるの~?」
金平糖にメープルシロップをかけたのかと思うぐらいに甘ったるい女の子の声。
思わず耳をそちらに向けると、そんな質問にも誠実に答える恭くんの声がする。
「いないよ。今は仕事に集中したいから」
「え~、いないのお? じゃ、アタシりっこーほする! 彼氏が俳優とかめっちゃ自慢できる~」
……どこの誰か知らないけど。
バっっっっっっカですか!?
『仕事に集中したいから』って言ってたでしょうが。なぜそれで立候補する流れになるんだ。
そして今度は別の女子の声。
「ちょっとズルい! ねえ天羽くん、あたしは? あたし実は中学生のときちょこっと読モやってたんだ~。元モデルなら俳優の天羽くんともちゃんとつり合うっしょ?」
それ今普通に一般人!
つり合うつり合わないで言ったらつり合ってないし、恋人になるのにつり合い関係ないし、だからそもそも恭くんは仕事に集中するため恋人はつくらないんだってば!
「……瑞紀。ものすごく腹が立つのはわかるけど、落ち着いて~」
「落ち着いてるよ」
「鏡見てから言おうか。笑って笑って」
真緒に手鏡を押し付けられたのでのぞいてみると、そこには般若のお面が映っていた。よく見たらわたしだった。まずいまずい。
わたしは静かに目を閉じて、何度か深呼吸をした。
大丈夫。恭くんはプロだ。こういうちょっとアレな人のあしらい方も心得ているはず。
やめだ。もう聞かないでおこう。
わたしがそう決意した直後、今度は違う方向から、恭くんに群がる女子たちに対抗するような声があった。
「何だあれ。特に売れてもないくせに、一人前に芸能人ぶってウぜえ」
「だよな。天羽恭なんて名前、聞いたことなかったし」
「どうせ芸能コースがあるような学校じゃモテないから、わざわざウチみたいな普通の高校来たんだろ」
「ははっ、ありえる」
恭くんのいるところからちょっと離れたところにいる数人の男子たち。
完全に本人に聞こえるように言っている。
「っ……」
「瑞紀~」
「……」
「笑顔笑顔……」
「……ごめん真緒。無理だわ」
無理やり口角を上げる。
ゆっくりと立ち上がり、バンっと力任せに机を叩いた。
その音は想像以上によく響き渡る。
急に周囲がピタリと静かになった。
──わたしは、スッと大きく息を吸い込む。そして言った。
「恭くんの素晴らしさを語り合える同志は歓迎です!!」
こちらを見る人たちが、面白いぐらい皆同じ顔をしていた。
目が点、口がぽかん。
恭くん本人でさえだいぶ驚いた表情。
「顔は間違いなく国宝級のイケメン。それでいてたまに見せる照れ笑いはくっっっそ可愛い。普段の話し方は穏やかなのに、役作りすれば荒々しい俺様キャラとかも完璧。演技力が高すぎるんだよ本当に……」
ああもう、恭くんの良いところなんてまだまだいくらでも出てくるけど、本題はこれじゃないから切り上げ!
「だからそんな恭くんを好きになってしまう気持ちはわかる! 痛いほどわかる! だけどね、ファンなら推しを困らせるのはご法度! 『仕事に集中したいから彼女がいない』なんてファンをガッカリさせないための方便だよ気付け!! 真に受けて自分売り込むな馬鹿か!」
「あ、あんた何様? アタシが天羽くんの彼女になりたいのは本心だし、アピールするのなんて自由でしょ~?」
反論してきたのは、先ほどの金平糖にメープルシロップかけたみたいな甘い声の女子。
バチバチにメイクされたお顔で睨まれるとなかなかの迫力がある。
でも屈しない。
「1年2組武藤瑞紀、天羽恭オフィシャルファンクラブ会員番号15番です!」
「うわキモ、ガチじゃん……」
「確かに恋愛は自由。だけど『彼氏が俳優とかめっちゃ自慢できる』なんて、人を肩書でしか見てないような発言を本人の前でしちゃうような人が、真剣に恭くんに恋をしているとは思えないけど?」
「む……それは……」
図星だったらしい。
彼女は悔しそうに唇を噛んで目を逸らした。
「それから、……そこの眼鏡の人」
わたしは次に、恭くんの悪口を言っていた男子たちの方を向いて、偶然装飾品に特徴があった一人を指名する。
「問題です。色々なドラマやバラエティー番組に引っ張りだこの、誰もが知る16歳前後の人気俳優を答えよ」
「え? えっと」
「もちろん例外もたくさんあるけど、お茶の間に定着してる俳優の多くは二十代以上だと思うの。十代はまだまだ下積み期間だし、演じられる役がどうしても制限されちゃうから」
「あ、ああ……」
「だから、今の時点で恭くんのことを無名扱いするのは気が早いし視野が狭い。わたしの予想では、あと二、三年で人気俳優の枠に収まってると思うけど」
男子たちは、戸惑ったように顔を見合わせる。
こっちはあんまり響いてないな……と思い、次の言葉を探していたときだった。
「ま、天羽のことが気に入らないのはわからないでもないが、わざわざ騒ぎ立てて女子たちへの印象悪くしようってのはだいぶダサいよな」
まるで独り言のようにそう言ったのは数馬だった。
男子たちの表情に気まずそうな色が浮かぶ。こちらは同性の言葉だけに響くものがあったらしい。
というより、わたしの言葉はちょっとズレていたのかもしれないと気付いた。
彼らは恭くんが「売れてないのに芸能人ぶってる」からではなく、「可愛い子たちにチヤホヤされている」から気に食わなかったのだ。
とにかく、数馬が口を挟んでくれたおかげで食堂内は何となく静かになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます