5.深淵を覗くもの

 真太郎が学校に行くと、いつもの光景が待っていた。同級生の変わり者が、誰もいない空間に挨拶をして、時間割の準備を準備をしていたのだ。そしてその後は決まって、下駄箱の横で野糞をするのだ。彼にはトイレのドアでも見えているのか、絞めて鍵をする動作までしている。他にも、授業中に詩を歌ったり、大きな声で返事をしたり目立つ行動をとっていた。


 だが、この異様な行動を他の人は気にせず、話題にすら上がらなかった。


 真太郎は変人というものに興味を持っていたので、彼を観察することに楽しみを覚えていた。毎日見ている内に、彼の見えている建築物や人間がどのようなものか、わかってきたのだ。彼がいつから妙な行動をしているのかは知らないものの、真太郎は妙に彼のことに詳しくなっていた。

 ―アイツの真似をしたら、俺も変人に慣れるのかな―

 真太郎は考えたものの、行動には起こさなかった。羞恥心が勝ったのだ。


 国語の授業で音読をしていたときのことだ。彼が漢文をスラスラと読んだのだ。真太郎はその姿に驚いて、友人に話しかけた。

 「あいつ凄いよな。漢文を読めるなんて。」

 友人は、頷いていた。真太郎は負けず嫌いが働いて、ひたすら漢文の勉強をするようになった。


****


 遠くで、生徒たちが噂する。

 「真太郎の奴、誰と話してるんだ?」

 「疲れてんじゃないの」

 真太郎は朝学校に来てから、虚空に向かって挨拶をし、下駄箱の近くまで来て野糞をしていた。教師は驚いて止めに入ったが、彼はいうことを聞かなかった。

 「俺は、変な奴なんかじゃない! 奴の方がもっと変なことをしてるじゃないか!」


 真太郎の指差した場所には、何もなかった。

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深淵を覗くもの Zamta_Dall_yegna @Zamta_Dall_yegna

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