「君のページに触れるたび」

紅蘭燈

最初のページは、君の隣で

まだランドセルが背中で大きすぎた、小学二年の春。

朝、玄関を出ると、すぐ隣の家の門が開く音がした。


「……おはよ」


振り返ると、そこには雫がいた。

まだ眠たげな目で、前髪の奥からこっちをじっと見てる。


「おはよう、雫。今日、遅いね」


「うん……お母さんが髪くくるの、途中で手が止まってて……」


「また寝ぼけてたんだ」


「うん。なんか……夢の中でも朝ごはん作ってた」


思わず笑ってしまった。こういうところ、昔から変わらない。


雫とは、家が隣だった。

庭越しに見える洗濯物、夜ご飯の匂い、週末の車の音まで、たぶん全部お互いに分かってた。

親同士も仲が良くて、いつのまにか「一緒に行きなさい」って言われるのが当たり前になって、

それが不思議と嫌じゃなかった。


ランドセルを背負って、ふたりで歩く道。

学校までの道のりは、たわいもない話で埋まっていた。


「ねぇ、雫」


「ん」


「好きな給食、なに?」


「……わかめごはん」


「渋っ」


「だって、あれ……あったかいし、ちょっとしょっぱいし……落ち着く」


「そっか……雫っぽい」


「燈は?」


「カレーうどん!」


「なんか、口まわりに黄色ついてそう」


「う……それはあるかも」


たぶん、こんなふうに毎日一緒に歩いてたからだろう。

周りからはよく言われた。


「また一緒に帰ってる〜」「付き合ってんじゃね?」


最初は気にしなかった。けど、だんだん恥ずかしくなってきた。


「違うし」

「別に……ただの幼なじみだから」


そう言えば言うほど、からかいは増えた。

まるで、仲がいいこと自体が悪いみたいで。

でもほんとは、そんなこと思ってなかったのに。


雫も、ときどき俯いてた。

からかわれるたびに、小さく笑って、そっと黙る癖がついたのは、たぶんその頃からだった。


でも、離れたくはなかった。

隣の家じゃなかったら、こんなふうに一緒にいられなかったのかもしれないって思うと、

なぜかちょっと、寂しくなった。


「ねぇ、雫」


「……ん」


「オトナになっても、家……隣だったらいいのにね」


「……」


雫は、一瞬だけこっちを見た。

それから、ほんの少しだけ笑った。


「うん。たぶん、それ……落ち着く」


その言葉が、ずっと心に残ったまま。

何年経っても、きっと思い出す。


春の朝、ランドセルの重みと、隣を歩く雫の足音。


それが、僕たちのはじまりだった。

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