第42話 パンを喉に詰まらせる

「さて、必要なことは全部お話しできたでしょうか」


 と、メシアさんは席を立ちあがったが。


「あの、まだ聞きたいことあります」


 僕にはまだ聞きたいことがたくさんある。特に知りたいのは、残りのラバーズは後どれほどいるのか。少なくともあの四人を除いて忍者がいることはわかっているが、それ以外にもいるのかをしりたい。というか、誰が残りのラバーズなのかも聞かなくてはならない。


「まあそうでしょう。ですがもう十分ですよ。必要なことはお教えしましたし、これ以外についてはあなたが知る必要がありませんから」

「いや、必要かどうかは僕が決めます」


 聞きたいことは何でも教えるみたいなことを言っていたくせに、なぜかもうお開きにしようとしている。


「といいますか、あなたが今聞きたいと考えていることについては、自分はお教えができないのです」

「まだ聞いてみないのに、なんでそんなことを答えられるんですか」


 メシアさんは立ち去ろうと歩き出したので、僕は前に立ちふさぎ足止めをする。


「わかりますよ。でも、教えられません。だって、ラバーズの皆さんには平等にチャンスがあってほしいと思っていますから」

「どういう意味ですか?」

「だって、これまであなたにアプローチした皆さんがラバーズだったことを、あなたは知らなかったというのに。残りのラバーズが誰なのかを先に知ってしまったら、あなたは警戒するでしょう?」

「そりゃ、僕は日和さんと付き合っていますから」


 他の女性を気にするのは当然である。


「そんなの、フェアじゃないでしょう?」


 と、メシアさんはにやけた。

 

「このようなデスゲームじみたことを企画した身としては、みなさんにちゃんとチャンスがあってほしいのです」


 この人、デスゲームの自覚あったんだ。


「その感性があるなら、こんな戦いするべきじゃないです」

「それについては、何も言い返せませんね、ふふっ」


 なに笑ってんだ!

 僕のいら立ちをよそに、メシアさんはフラッと近くの本棚に近づくと、何やら一冊の本を手に取った。


「あなたには、残酷な運命を背負わせてしまって、申し訳ないと思っています」


 残酷な運命。もしこの人の言う通りカオスを撃退する方法がラバーズ同士の殺し合いしかないのであれば……。日和さんと戌子、どちらかは確実に死んでしまうということだ。それ以上に、猫俣さんや鬼頭さんが命を落とすことだって耐えられない。


「ですが、勝手ながらあなたにはこの世界を守っていただくお手伝いをしてほしいのです」

「拒否は、もうできないんでしょ」

「はい」


 と返事すると同時に、手に取った文庫本をペラペラとめくり、僕の眼前にそのページを張り付けた。何やら絵がページいっぱいに描かれていて、漫画であることに気が付いたが、何が描かれているのかは認識できない。


「な、なんですか?」


 僕はその本を受け取って、描かれているものを確認した。

 そこに描かれていたのは、麗しい王子様。昭和を感じるレトロな質感の絵で、少女漫画特有の輝く瞳とそれを囲う長いまつげ。髪の細かい線や装いのきらめき、圧倒的画力で描かれるその美しさに見惚れる。

 その人物は「オスカル」と呼ばれており、「ベルサイユのばら」であることに気がついた。


「な、なんでベルばら?」


 と、視線をメシアさんがいたはずの方へ向けたが、そこにあの真っ白な人物の姿はなかった。

 視線を外したすきに、逃げられてしまった……



◇◇◇



 予定通り昼休みが終了する十分ほど前に、僕は購買で菓子パンを購入し、食べながら講義室へ移動する。

 僕を責めてきた女の人たちの姿は見当たらず、それでも目立って木原さんたちに見つからないようにこそこそと移動する。


 正直、メシアさんの話や、鳩島先輩の告白とそのファンの人たちのこともあって、とても講義に気持ちを切り替えられないが、しかし次の講義は結構大切な内容を学習するため、休むわけにはいかない。

 生クリームの入った甘いパンをパクパク食べ進めた。しかし歩きながら食べていると咀嚼したものが喉を通りづらくて。軽く詰まってしまった。

 どうしよう、流し込もうにも今は水分を持っていない。自販機も近くにはないし、ここは喉を滑り落ちてくれるのを待つしかないか。

 と考えながらも、若干苦しく胸元を抑えていた。


「はい、これどーぞ」


 そのとき、背後からキャップを外したペットボトルの水を持った手が伸びてくる。

 その甘ったるく可愛らしい声に警戒心が働き、それを手に取ろうとはしなかったが。


「何してんの、喉にパン詰まってんでしょ? 素直に飲みなって!」


 と、無理やりペットボトルを口に突っ込まれ、水が流れ込んできた。

 それを一口ゴクリと飲むと、急いでその水を飲ませる手をはがす。


「な、なにすんだよ」


 と、いきなりのことに咳き込みながら、背後にいたキラキラしたギャル、猫俣さんの方を振り向く。


「いや、苦しそうにしてたから、ゼンイゼンイ」


 確かに、喉に詰まらせたパンは無事に食堂を通って胃の中へ落ちていった。善意なのはありがたいが、しかし間接キスを楽しむようにいやらしい目をして水を飲むのはやめてほしい。


「なんでここに?」


 まさか、僕をつけていたのか? 今朝の賢を使って僕をおびき出した例もあって訝しむが。


「いや警戒しすぎだしー。ふつーに講義室に向かう途中で君を見つけたの」


 さすがに意識しすぎたか。そりゃ、これから講義が始まるのだ、この先にある講義室へ移動しようとすれば出会うことくらいあるか。


「てか、昼休み中どこにいたの?」

「どこって、なぜ?」

「いや、お昼ご飯一緒に食べよーって思って探したのにどこにもいなかったからさー」

「まあ、どっかにいたよ」

「どっかってどこ?」

「言ったら次から来るでしょ」


 と、僕は時間がないのでパンを食べ進める。


「ちょっとそっけなくなーい?」


 なんて、にゃーんと猫なで声で懐に入ってきた。

 男子としては夢のようなこの距離感に、毎度のごとく心臓が早く鼓動してしまう。しかし人通りの多い場所だから何もしてこない、ということはわかっている。それに毎回ドギマギしていたらこの人の思うつぼだ。

 だから僕は平然を装ってパンを食べ続けた。

 すると……


「あん!」

「うわっ!?」


 猫俣さんはどら猫のように、食べ進めるパンにがぶりと食らいついた。


「な、なにしてるの!?」

「人前だから度の過ぎたことはしないけれど、これくらいのいたずらはするよ。アプローチしなきゃだもん」


 なんて、唇に付着した白いクリームを、あざとくペロッと舐めた。


 猫俣さんの食べたパン。間接キスを誘導しているのか。流石に、これを食べてしまうのは日和さんを裏切るようで気が引ける。


「えっと、残りあげる」

「ええ? ごめん、汚かった?」

「いや、汚いとは思わないけれど。でも、さすがに間接キスは彼女がいる身としてできない」

「気にしすぎだよー。間接キスぐらい別に誰でもするってー」


 なんて言うが、しかし意識させようとしてるのはそちらではないか。


「いや、でもなー……」


 なんて食べることを躊躇していたら、予鈴の音楽が鳴ってしまった。


「あ、もう行かないとー、遅れちゃうよ」


 と、僕らは移動を始めるが。


「そのパン、どうするの?」


 と、おだてられる。


「だから、あげるって」

「えー、そんなカロリーの高そうなものいらないよー」


 一口食べたくせに、調子に乗っている。

 さすがに、食べかけのパンを講義に持ちこむわけにはいかないし。仕方ない、僕は気にしすぎているんだ。

 ごめん、日和さん!


「あんっ!!」


 僕は一口で残りのパンを口の中に詰めた。

 「あはっ」と、猫俣さんの恍惚とした表情が腹立つ。


「また喉につまらせるよー。ほら、お水飲んで」


 調子に乗ってまた水を差しだしてきたが、僕は首を振る。少しずつ飲み込めば喉に詰まらせることはない。と、思った矢先。


「う゛っ」


 めっちゃ喉に詰まらせた。


「ほら言わんこっちゃないー」


 とペットボトルの蓋を開けて渡される。流石にさっきよりも飲みこんだパンの量が多く、すごく苦しいのでしぶしぶ水を受け取って飲んだ。

 愉悦したような、猫俣さんのニパーッとした可愛らしい表情は悔しかった。

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