第2話 かつての師匠
一年前のこと。
俺は、瘴気に冒され国が壊滅する様を夢に見た。
師匠に報告すると、それは【天眼】の覚醒が近いのだと教えられた。
「【天眼】?」
「はい。天眼です。初代剣聖オルドは、三つの目を持つ特異体質でした。それぞれの眼で天・地・人の三つの理を見抜き、遍く全てを斬り裂くことができたとか」
俺の師匠にして剣聖、ルクレツィア・アイセンベルクはそう告げた。赤髪の凛とした表情の師匠の立ち姿は、今日も美しかった。
「師匠の【人眼】も、その技術の一端というわけですね」
師匠の体得した【人眼】は、スキルでも魔法でも異能力でもない、超常的な技術だ。
幾千もの実戦の中で先読みの勘を鍛え、未来予知にも等しい観察眼を手に入れた末に到達したという天映流の奥義。
師匠の剣技は最強だ。だが、それ以上に、いつどのタイミングで剣を振れば、最も敵が油断している隙を狙えるかが分かる。これほどのアドバンテージはない。
「ミヤビやクライブを人里離れたここに連れ出して三年間修行したのは、なぜだと思います?」
幼馴染のミヤビとともに研鑽して、長いこと経った気がする。
「それは、余計な情報で気が散らないようにするためですか?」
「その通り。あなたの見た夢は、王都の高名な占星術師複数人が見た未来と一致しています。あなたの能力はおそらく本物です」
「それってつまり……」
「はい。【天眼】の覚醒者が出た場合、すぐにそれと分かるよう隔絶していたのです。もう教えることはありません、クライブ」
師匠はきっぱりと宣言する。
「まだ師匠に敵うイメージが湧かないのですが……」
それなりに鍛えられたが、師匠が遥か高みにいることは分かる。
「あなたには果たすべき使命があります。どの種族にも国にも属さず、ただ大義のために殉ずるのが剣聖の在り方。ならば、免許皆伝は早いほうがいい」
「十分な実力がないのにですか? それは違う気がします!」
俺が言い返すと、師匠は呆れたようにこちらへ向き直った。
「甘えたことを。私は剣聖として持てる技術をすべて教え、あなたが身につけたことを確認しただけです。これから実戦経験を積み、次代の剣聖に相応しい実力をつけるかは、あなた次第ですが?」
ぐうの音も出ない。確かに、これからは独力で精進しなければならない。そして、剣聖の免許皆伝を受ければ、どこでも食っていける。実家から追放された俺を案じてのことなのだろう。
「私を頼りにするのではなく、私の教えた技を頼りにしなさい。もうあなたは、自力で道を究められます」
ありがたい言葉だ。師匠との鍛錬は苛烈でこそなかったが、決して甘くはなかった。ようやく努力が認められたような気がして、何だか嬉しい。
「ありがとうございます」
それが、師匠の姿を見た最後だった。
「行ってしまうのね、レイジ」
振り返ると、ミヤビが立っていた。
「あぁ。果たすべき使命が、見つかったんでな」
俺はミヤビにも別れを告げ、ドラゴンロードを追う旅に出た。
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