剣聖の弟子、まさかのドラゴンロード就任

川崎俊介

第1話 ドラゴンロード討伐

 山が、息をしていた。


 否、それは山ではない。積み重なった屍のような巨体が、重低音の唸り声とともに大地を踏み割り、村ひとつを薙ぎ払う。


 黒い血と死臭を撒き散らしながら進軍するそれは、毒竜と呼ばれる化け物であった。


 その歩みひとつで丘は陥没し、空気は腐り、兵士の心が砕けた。魔術師も剣士も、抗おうとした者たちは、既に土くれの一部と化していた。


 そんな絶望的戦況の中、俺は敵前に立ちはだかった。


「ようやく戦えそうな人間が出てきたか。剣聖の弟子、クライブ・スクアーロ」


 俺の名を当ててみせた毒竜は、瘴気を撒き散らしながら笑みを浮かべた。


「これだけ滅茶苦茶やっておいて、第一声がそれか。さすがはドラゴンロードだな」


 世界に五体存在するドラゴンの王、ドラゴンロード。こいつはその中でも特に好戦的な、毒竜ザルカインだ。


「我に謝罪を要求するか。人間ごときが」


「いいや。貴様らドラゴンは災害と同じだ。並の人間では過ぎ去るのを待つしかない災害。だが、地震や嵐と違って、形を取って目の前に現れてくれる。そうなれば、殺すことができる。そこが好都合だ」


 すかさずファイアブレスが放たれるが、俺は間合いを詰めつつ回避した。広範囲が焼け野原となったが、俺には火傷一つない。


「天映流の剣士は先読みに長けていると聞くが……本当のようだな」


「その通りだ。お前の次の動きなど、手に取るように分かる」


「分かったところで、その矮小な剣ではどうにもできまい」


「どうかな」


 俺には見えている。ザルカインの次の動きだけでなく、奴の弱点が。どこをどう斬れば即死するのか、それにはどう剣を振ればいいのか、見えている。


 この剣で斬るのではない。


 この剣の一振りで、あらゆる事象を連鎖的に引き起こし、【竜を斬る】という結果に繋げる。


「剣技……」


 俺は最大の集中力で持って敵を見据える。


「【断雲】!」


 毒の霧は晴れ、陽光が射した。抜けるような青空が顔を出す。


 毒竜ザルカインは、一撃で脳と心臓を斬られ、絶命していた。


 真っ二つに裂け、轟音とともに倒れた巨体からは、黒い血が噴き出している。


「くそ、やはり【天眼】による先読みは、消耗するな」


 俺は、血がかかるのを気にも留めず、戦場で気を失った。

                         ◇

 次に起きたとき、呼気がおかしいのに気づいた。


「これは……ドラゴンの毒?」


 俺の息のせいか、周りの草木はすでに枯れていた。


 まさか、毒竜の体質を受け継いでしまったのか?


 確かに俺はドラゴンの血を浴びた。


 それがまずかったか。


「新たなる竜王を、歓迎いたします」


 一人の少女が近づいて来て言った。


「あなた様が、二代目のドラゴンロードに選ばれたのです」


 俺は、衝撃的な言葉にめまいがした。

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