第14話 玲香のマンション
春樹と玲香はイオンで買い物を終えると、玲香の家に向かった。
春樹はまだ、玲香の住まいを知らなかった。
茶屋ケ坂公園を抜けて自由が丘を下って行く、そして猫洞り2丁目を南に曲がったすぐ先に玲香のマンションはあった。マンションに来る途中、茶屋ケ坂公園のアジサイが見事に咲いている。車内からも目を引くほど、公園一杯にアジサイたちが笑っていた。
七階建ての白い大きなマンションが玲香の住まいだ。
玲香の住戸は3階にある。2LDKの部屋は玄関のドアを開けると
LDKが正面にあり、その奥に8畳間、リビングの左側にも6畳間があった。リビングの左側の部屋が寝室になっている。
奥の部屋は使用していないらしい、その部屋には大きな段ボールが2つ重ねて置いてあった。
中央のリビングには50V型の大きなテレビが占領しており、テーブルと薄オレンジのソファーが小さく見えた。
その下に高級そうなベージュ系の絨毯が敷かれている。
「このマンション、誰の持ち物?」
春樹は自分が足を踏み入れれる場所ではないと思った。少し玲香が分からなくなっていた。
たかが、タクシー運転手に、とても住める家ではない。
「私の家よ、昨年、東京から越して来た時に買ったの。思ったより安かったよ」
「えぇ、分譲マンションなの? いくら~」
春樹は驚いて声を上げた。
「2千万もしなかったよ」
玲香は澄まして言う。
「へぇ~何十年ローン?」
「現金、父の残した遺産がまだ、1千万円ほど残ってる」
「お母さんは?」春樹が聞いた。
玲香は天井を指さすと、
「父も母も上から私を見守っているわ、きっと・・・・・」
「私、遅駆けにできた子だから、一人っ子なの!自由気ままで生きてきたけれど、気が付いたらもう37歳、さすがに、家庭が欲しい!だから、ハルキに出会えて本当に良かった。一番最初にあった時から、この人だと思ってたのに、全然気が付いてくれないんだもん・・・・・ね!このマンションはあなたの物、私も、お金も全部あげるから、結婚してください」
「こんなにかしこまって言われると・・・・・俺には荷が重すぎるかも、分相応ではないと思うよ、高校だって定時制なんだ。仕事だって、いわゆる、肉体労働者だ、社会の隅で小ネズミのように生きている。玲香にはそぐわないと思うけれど・・・・・」
「どうして、そんなに自分を否定するのよ、普通、1千万円持っているって言ったら、殆んどの男は飛びついて来るわよ。ハルキだけよ、真面目で・・・正直で・・・・・貴方だけなのに・・・」
「いいのかな、俺は、玲香と結婚出来たら、嬉しいけれど・・・・・今だから、言うけど、俺の親は、情けないほど、レベルの低い人たちで、俺が小学生だった頃、離婚したんだ、離婚したと言っても、父親は母子家庭になれば、国から援助金がもらえるから生活が楽になると言って2重生活をしてたんだ。今、思えば父はホスト、母はキャバ嬢だったらしい。そして、父は金づるができたって言って・・・・・当初は母にお金をくれていたみたいだけれど、いつの間にか、連絡が途絶えた。そうすると、今度は母は男に走り、結局、俺は捨てられた。中学の時は児童養護施設で暮らし、15歳になった時、運送会社で荷物の仕分けの仕事で暮らしを立てた。この時、定時制高校も行かせてもらい、18歳で免許を取ってトラックに乗った」
春樹はダイニングテーブルに腰を下ろして話をした。玲香は今日買って来た食料品を片付けながら、春樹の話を聞いている。
「児童養護施設って、そんな居心地の良い所じゃなかったし、普通は18歳まで居れたんだけれど一人で生きて行きたかったから、15歳の時にそこを出たんだ。親が親だから、人間なんて誰も信じられなくて・・・・・。でも、いざ自立してみるとそんな事言っておれなくて、何とか人と折合いをつけて生きて来たのかな~」
「そんな、複雑な家庭だったんだ。だから、人には優しいのね、親を見て来たから、どんな事をしたらどうなるのか、一番わかっているのはハルキなのよ、だから、だから、その辺の出来損ないとは違うのよ、大丈夫よ!ね、これからはさ~、一時間の幸せでなくて永遠の幸せを作ろうよ、ふたりで、長~く 愛して・・・・・」
春樹は玲香の両親が他界しているにしても、なんで、東京から名古屋に来たのか不思議だった。考えれば、おかしな事ばかりだ。
とは言え、これから玲香と一緒に住めるのは願っても無い事だ。追々、聞いて行けばいいかと、あまり突っ込まない事にした。
玲香が先に風呂へ入れと言っている。春樹が風呂から上がると玲香はおかずを作っていた。
「ねぇ、ハルキ、着替え。大丈夫だった」
「うん、ありがとう、ピッタシ」
「着ていた服、全部捨てるから、そこの青いかごの中に入れといてくれる」「何も捨てなくても!俺 自分で洗うから・・・・・」
「かなり、年季が入っているじゃない、よれよれだよ、それにハルキに似合う衣類、たくさん買ったから、古いのは捨てようよ!私の選んだ服を着てほしいし・・・・・」
「玲香がそこまで言うなら、別にいいけど!なんか、やる事なす事、母親みたい」
「ちょっと、女房見たいって言ってよ!そのパジャマ、似合っているよ、良かった、それにしても、やっぱり、ハルキは青が似合うわ」
玲香は春樹が入浴中に肉じゃがや鳥の竜田揚げ・サラダ、ほうれん草の胡麻和え・サーモンの刺身をダイニングテーブルに並べてた。
テレビは〔 世界まる見え!〕をやっている。
春樹は、バスタオルで頭を吹きながらテレビの前に座った。
玲香が風呂に入る。
テレビを見たい春樹は、ダイニングテーブルに置いてある料理を
リビングのテーブルに移動させると、待ちきれずに唐揚げを口に頬張った。
風呂から上がってきた玲香は、ちょっと驚いていた。
「えぇっ リビングで食べているの!まぁ、いいけど、片付けるのが大変、手伝ってよ」
「何なら、俺が洗おうか」
春樹がご飯を取りに来ると玲香は冷蔵庫からビールを出して
「美味しいっ」って 春樹に目で乾杯した。
「今まで、私、ダイニングテーブルで一人で食事をしていたけど、
これからは、二人でリビングで食事をするのね」
玲香の声が弾んでいる。春樹はテレビを見ながら食べている。
玲香が、春樹の箸の動きを追いながら、
「それ、どう、いけるでしょ。唐揚げとは、ちょっと違うんだからね、
そこにある、レモンを少し落とした方がいいかも!」
玲香は一々、春樹がおかずを口に入れようとするたびに声をかけた。
「だから、さっきから何回も美味しいって言ってるだろう、
もう、黙って食べさせてよ、それより、飲んでばっかりいないで食べたら、
美味しいんだから、食え!」
春樹は吉高由里子のドラマ[きみの瞳が問いかけている]を見ているのだ、
す~ごく面白いのに、邪魔をするなって、言いたかったが、玲香もこの食卓が楽しそうなので、あえて言わなかった。
[きみの瞳が問いかけている]が終わった時にはもう、
テーブルもきれいに片付いていて、玲香はキッチンで食器を片付けていた。
そして、春樹は玲香に手を引かれて一夜を共にした。
「ハルキ、大好き、ず~とず~と、ず~と一緒だよ」
「ず~と、ず~と、一緒なんだ」
「そう、ず~とず~と、ず~と死ぬまで一緒だから・・・・・んんん、死んでも一緒だよ」
「わかった!死んでも一緒な!」
今日からは赤いマツダ2に乗って二人で出勤だ。
春樹の青いカローラは近くの月極駐車場と契約をしてきた。
玲香の運転で会社に向かう。自由が丘から千代田橋を渡って、千代田街道を東へ2Kも走れば会社が見えてくる。
春樹は一緒に事務所に入るのはいやらしいからと言って、少し手前で車から降りた。
玲香は事務所の南側の駐車場に車を入れると事務所に入った。
「おはようございます」
「おはようございます」「おはよう!」
17時出勤の同僚たちがどんどん入って来た。
何食わぬ顔して、事務所の奥にある大きく構えた機械を操作をする。
最初に免許書を機械に通しアルコール検査を行う、そして、今日、乗る車のメモリーカードをセットすると次は、今日の日報とグッズを事務所から受け取る。
事務所で連絡事項を聞き、今日乗る車両を見つけて車両点検、そして車両の運転手座席の後ろに「運転者 上野玲香」と書いてある案内カードを貼り付ける、助手席の前にも名札を差し込み、タブレットに自分の登録番号を認識させてやっと出発となるのだ。
17時勤務の各々が出勤してからの動作は流れるように全員がこなしていくのだ。
グッズを受け取って事務所を出ようとした時、春樹が事務所に入ってきた。
玲香は春樹に
「おはようございます」とだけ言って、駐車場に向かった。
玲香が車の点検をしていると春樹が来た。
「輪の内に行って、先にガスを入れないと・・・仕事にならんわ!」
輪の内とは名古屋駅北側にある交差点名であるが、すぐその北側にタクシー専門のガススタンドがあるため、タクシー運転手はみんな、燃料補給に行く事を輪の内に行くとか、桜田町〔金山にも東邦ガススタンドがある〕に行くとか言うのだ。
「ハルキ、早く帰って来てよ!ねばらないでね、いつも遅いから・・・・・待っているの嫌だからね、言っとくけど、今日から一緒に帰るんだから・・・・・」
と言っていると、玲香の車両にGOOアプリが入った。
「はぁ、もう、仕事入ちゃった・・・・・じゃ、行くから」
玲香は上機嫌でお客を迎えに行った。
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