第13話 春樹のプライド

 春樹は昨日まで、”上野さん”と呼んでいた女性を、今は”れいか”と呼んでいる。

 なんと昨夜はその玲香と夜を共にしたらしい!たしかに、夜を共に過ごしたような気もするが・・・・・。まったく覚えていない。

 その玲香がおれが寝ている間に部屋をきれいにして掃除をしてくれた。そして、汚いゴミは全部捨てたから、必要な物を買いに行こうというのだ。

 だいたい、汚いゴミって、玲香にはゴミかもしれないが、おれの物は俺がゴミかどうか決める事であって勝手に捨てられても困る。

 まして、捨てたから買いに行くって、そんなお金なんか、おれは持っていない!だが、衣類を全部捨てられたのでは買いに行くしかない。


「春樹さ~、このエロビデオ、今日までだよ、ゲオに寄ってからイオンに行こうか、私、春樹の下着汚いから全部捨てちゃったし、服も買いたいし、食品も買いたいし・・・だから いぃい」

『いぃい』って、全部勝手に決めているじゃないかと春樹は思った。

 確かに昨夜一緒に寝たのかもしれないが、だからと言って、こんなに態度が急変するものかと不思議に思う。

「あの、お願いがあるんだけど・・・・・おれ・・・・・子供じゃない・・・・・なんか、

傷つくんだけど、そのズバ、ズバ、云うの!やめてほしい。『エロビデオ』ってのも恥ずかしいし『下着が汚い』って言われても、なんか、嫌なんだ。なんか、馬鹿にされているような、ガキ扱いされているような、スナック茜のママもそうだけど、あれ、もしかして、ママと姉妹!!おれに対する態度、一緒だよね!」 春樹はふと、そう思った。


「ふ~ん、そうなんだ、ごめんね!春樹!私、知らないうちに春樹のプライドを傷つけていたんだね~ごめんなさい」

 少し沈黙が続いた。そして玲香が切り出した。

「ごめんね、そうだよね、私、春樹に甘えているのかもしれない。男って、みんな、自分中心で女の扱いって、なんていうのかな『俺の言う事を聞け』みたいな一方的なところがあって、ちょっと、反論すると、オオカミみたいにすぐに牙を向けてくるでしょう。だけど春樹はうまく言えないけど・・・・・春樹といると安心できるの、何を言っても受け止めてもらえるような気がして、だから、何も気を使わなくても大丈夫のような・・・・・なんて言ったらいいのかな!母性本能・・・湧いてくる?きっと・・・・ママも同じだと思う・・・・・」


二人はいつの間にか、台所でしゃがみ込んで話をしていた。


「ほめられているのか、けなされているのか、よくわからないけど、本当、すべてが、急に変わっちゃって、ちょっと待ってくれ、時間が欲しい」


「それって、付き合うのやめるって事・・・・・付き合うの、待てって事!」


「そうじゃなくて、そうだな~なんて言うのかな!だからさ~心臓を突き刺すような事、ビデオの事とか、汚いシャツとか言われても気分悪いし、ビデオのエロは黙ってくれればいいのに、汚いのは自分でも、わかっているからさ、いちいち、強調しないでほしいって事、恥ずかしいじゃん、プライド、ズタズタになるし・・・・・」


「はい、気を付けます。ごめんなさい、許してください」

一瞬、玲香の顔が青ざめた。

その顔を見て・・・・・春樹は気を取り直して立ち上がると、イオンに行こうと言い出した。

背伸びをしながら、体をひねって、

「言いたい事を言ったら楽になった」と叫ぶように言った。

「私も話したら、楽になった!」

春樹と同じポーズをとって、春樹に笑顔を見せた。


 しかし、なんで俺なんかに言い寄って来たのだろう。

玲香ほどの女なら、いくらでも男が言い寄って来てもおかしくないのに・・・・・芸能人で言えば内田有紀に少し似ている。

 部屋もあんなにきれいに掃除をしてくれ、それどころか、衣類を全部捨てたから買ってあげるとまで言っている。

何なんだろう、俺なんかに・・・・・俺はそんないい男でもない!何の取り柄も無い、ただのぐーたらだ。春樹は玲香が信じられなかった。


 春樹はまだ、二日酔い気味だったので、車の運転は玲香に頼んだ。

 ゲオにビデオを返してくると、猪子石のイオンに行った。

 午後3時だ。まだ、6月に入ったばかりだというのに気温は29度を上回っている。暑いはずだ。

 そういえば、このイオンの中にあるコメダ珈琲は玲香と初めてお茶をした所だ。あれから5ヵ月は経っている。

「春樹!覚えている?ここは春樹と初めて会った場所だよね」

 玲香が嬉しそうに春樹の腕に縋り付いた。

 今日、熱田神宮で花火大会があるらしい、そんなニュースが流れている。

春樹は玲香と花火が見たいと思った。

「なぁ、玲香!熱田神宮の花火を見に行こうか」

「それっていつ?」

「えぇっ、今夜 19時くらいからかな、ほら、ニュースでやってる」

春樹は大きなTVを指さして言った。


「ゴメン!春樹、無理!今から買い物して家に帰って料理を作りたいし・・・・・できたら、春樹の物、全部持って来たいし」

玲香はもう、春樹と一緒に住む気でいるらしい。


「どういう事、持って来るって!俺のアパートから玲香の家に引っ越すって事??」


「そう、だって来年、結婚してくれるんでしょ!だったら、今から同棲してもいいじゃない!ね、そうしようよ」


 あまりにもテンポが速すぎる。『何かある』春樹は疑った。

 紳士服売り場で玲香が率先して買い進める。

「ねぇ! ハルキ 靴下 24~26cmのサイズでいいの、どれがいい」

 春樹が選ぶと云うより、ほとんどが玲香の好みでどんどんかごに入れていく。

 春樹は自分の財布と相談しながら選んでいたが、

「私が買うんだから値段は気にしないで!」

 と言って、春樹のサイズを合わせながら次々と買って行った。

 下着、靴下、パジャマ、ジャージ 、Tシャツ、すべてサイズはLLだ。

 玲香は自分が春樹に着せたいと思う衣類を、どんどん買い物かごに入れた。

 トレーナー パンツ、スニーカー春樹は、初めはいちいち籠の中をチェックしていたが結局、玲香の言いなりだった。

「ねぇ、春樹、パンツはトランクス、ブリーフどっちがいい?」

「どっちでもいいけど、これだと、運転していると股に食い込んできて痛いんだ」

「金玉が締め付けられるの、じゃ、ブリーフにしようか、大きめがいいね」

「言い方が露骨、もう、ちょっと遠回しに言ってよ、恥ずかしいよ」

小声で云うと続けて、

「まるで、女房見たい!女房でも、金玉なんて言わないと思うけど、もう」

 自分で言いながら、なんだか、可笑しかった。

 そうか、女房になってくれるんだ、と思うとまんざらでもなかったのだ。


「いいじゃない、私、春樹のお嫁さんになるんだから・・・・・」

 と言って、春樹の目を見て確認を取る。


 イオンのユニクロで買った衣類はレジで大きな袋が三袋になって、結構、重いのだ。

 春樹はこれで帰れると思ったら、今度は地下の日用品売り場で買い物をすると玲香が言った。

 仕方がないので春樹は先に衣類を車に置いて来る事にした。

 玲香は日用品売り場へ行くと、髭剃り 髭剃りクリーム シャンプー、ボディソープ、歯ブラシ 歯磨き粉、マスク、バスタオル、必要な物、全て買っていた。

「探したよ、ここに居たんだ、ここ、結構広いから探すの大変、人も多いし、なんか、たくさん買ったんだね」

「うん、半分は私の物」

 それにしては女物がほとんど見当たらない。ショッピングカートの中には日用品が山ほど入っている。

 次に食品売り場へ行くと、そのカートを春樹に引かせて、玲香はもう一台、ショッピングカートを持ってきた。

 食品売り場はフルーツから始まる。

玲香はフルーツを指さすと春樹にいちいち、好きか嫌いかを聞いた。

「リンゴは好き?ブドウは好き?キウイは好き?嫌い?バナナは?」

 最初は答えていたが食品売り場にあるもの、すべて確認しそうな流れだ。


 春樹はこれはたまらんと思い「トイレに行く」と言ってその場を抜けた。

 玲香は春樹の好みを知っておきたかったが、もう、17時を回っている。

 衣類、日用品で2時間も掛かったようだ。


 春樹がトイレから戻ってくると、すでに買い物籠は満タンになっていた。

「今日の夕食、肉ジャガ、ほうれん草の胡麻和え、サーモンの刺身、鶏肉の竜田揚げにしたけど嫌いなものある?」


「すごい、玲香が作るの、作れるの !本当にすごいね!すぐ奥さんになれるね」


「だから、春樹の奥さんになるって言ってるでしょう。すぐにでもなるから・・・・・」


「たしかに・・・・・失礼しました」春樹はそうだった!と照れていた。

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