第2話 因果
秋晴れの中を年若き魔女と老年に近しき槍持ちが行く。農村の小道の両脇は春小麦の穂に覆われ、遠くには村人が小作人を連れて麦の収穫を行っている。大風が吹く季節が近い、この時期になると小作人を使って麦の早じまいをする農家もいる。それこそ人の営みだとハージンは思い込もうとしていた。
だがハージンにとっての営みはやはり殺しの業なのだと、目の前を歩く魔女が語らずとも説いていく。
(右に振るえば弾かれる。左から払えば、やはり返される。上からはどうか?──いっそ、正中を突いてみるのも手か)
穏やかな秋の真っただ中を、殺伐とした心持ちで歩みながら。目の前を馬の尾のような髪を揺らして歩く少女をどう倒すかではなくどこに行くのか。それを知っておく必要がハージンにあった。あって早々荷物をまとめさせて、早速旅に出たのだ。行く先は聞きたい。
「それで、どこにいくんだ?俺の心を読めるんだ、俺がおまえから一本取ろうって魂胆なのは見え透いてるんだろ?だったら教えてくれ、どこに行くのか」
「ははは、そこまでお見通しなら教えてあげよう。……あてもなく、さ」
飛び出た言葉に、ハージンは目を瞬いて嘆息した。そんなことだろうとは思っていたが、そんなこととわかってしまって脱力感に襲われるのは避けられない。
「おいおい、旅には目的が必要ってもんだろ。食料だって心もとないんだ。せめて中央国、ハーシュヴィル公国には寄っておきたい」
ハーシュビル公国はここから最も近い、そして一番大きな町を要する国だ。一両日の路銀と食料はあまりに心もとなく、宿屋もあるハーシュビルは寄って損はない。
それに、だ。「最強を目指す」というのならば一通りの道具は揃えておきたい。この世界にいま存在する最強たちに、老練という肩書だけでは立ち向かえない。
だがその考えも、エルァは微笑みながら緩くかぶりを振って否定した。
「大丈夫、後ろに私がいるんだから」
「……さっきから思っていたが、おまえはどんな魔女なんだ?魔女は洗礼と共に扱えるルーンを体に刻むと聞くが」
ハージンが持っている最初の疑問はまず、そこから。
老いたとはいえ天才と呼ばれたハージンの槍を受け流し続け、ハージンよりも長く息を保つ体力。腕力もそうで、ハージンの槍撃は常に紙一重で往なされ続けた。ハージンの槍は北方国の巨漢にすら弾かれたことはないのに、だ。
そしてハージンは、武芸に秀でた魔女を見たことがない。武芸よりも絶対的な自信と矜持を持つ魔術で勝とうとする。──ハージンの記憶の中の魔女は往々にしてそうだった。
だが、目の前の魔女は豊かな胸をより張ってハージンの問いに答える。彼女の自信ありげな様子にハージンも思わず身構えた。
……が、ハージンの耳に聞こえたのはエルァの自画自賛。彼女の自己賛美が進むにつれハージンの身体も脱力していく。
「私は時間を操れる魔女だよ。それにいまのハージンに勝てる武術は学んでる。どう?凄いでしょ。すごくない?二つ刃に一本取った人間ってどれぐらいいるの?」
「はぁ……そうか。エルァもそこそこの武人なんだな」
そう見えるかはさておき。思わずそう口走ろうとしたが、あったばかりの魔女の不興は買いたくないので言葉を差し替える。どちらにしろ、ハージンの興味関心はエルァの答えより使える魔術の本質だ。一瞬で扉を腐らせ、鍛錬の痕が見えない体で「二つ刃」の槍を弾き続けた絡繰りを知りたい。
「それで?エルァが時を操れるとして、だ。元に戻らないものや先が分からないものを操れるのか?」
「あら意外、魔女と一杯戦ってきたからそこに引っかかるとは思わなかったよ。本当にそうだとおもうハージン?でもね、意味は大いにあるんだよ」
エルァの言葉にハージンは胡乱気に目を細めた。時を進めても老いるのみ、時を戻しても結末は変えられない。そも、変えられるならば戻れるならば。今すぐにでもハージンを血気盛んな三十路手前まで戻してほしいものだ。
どうにも胡散臭い言葉だが所謂「魔女もどき」と呼ばれている詐称者とエルァは一線を画している。エルァが武芸に長けただけの魔女ではない、ハージンも直感でそう睨んでいた。
──もう一つハージンは忘れていたが、魔女は心と共に未来を読む。そしてエルァの瞳には今のハージンの質問は織り込み済み。如実に微笑んだエルァが杖を天に向けた。
「信じてないわね?」
「……どうだか。信じさせてくれるのか?」
「なら、見せてあげようか」
その言葉に己の言葉が余計な弓を引いたことを悟ったハージンは慌ててエルァが「やろうとしていること」を止めようと怒鳴った。
「よせ!魔女の魔術でどれだけの問題が世界に顕れるのかよく知ってるだろ!?」
慌てたハージンが制止するが、すでにエルァは空飛ぶ鳥に杖の先端を突き付けていた。百中の弓手が如き精度で鳥を杖の先で追い続け、宣う。
「進め」
ハージンには聞き馴染みのない単語。それだけで、空を飛んでいた一匹の鳥が急に煙を上げて腐り、地面へと落ちていった。
「……おいおい、おいおいおい」
腐乱の術、とでもいえば可愛げがある。だか今のは「腐乱」ではなさそうだ。エルァの言葉からも察するに、これは。
「鳥の時間を……早めたのか?」
「そういうこと。鳥ぐらいなら下準備なしで殺せる」
屈託なく言うエルァに、ハージンの心に確かな警戒心が首をもたげた。よもやこの魔女、これを武器に人々を屠ってきたのではあるまいな?、と。
だがエルァはその心持ちや考え全てをしっかりと察知していた。にこりと微笑んで、杖を持たぬ左手でハージンの手を握る。緊張に硬くなった老兵の手を暖かくやわらかな魔女の両手が包む。
「大丈夫、人間には早々振るわないから。それに、人間の時を進めるのはとっても大変だからね」
「だろうな。……人間の一生は鳥のように単純じゃない」
考え、動き、時に意味もなく殺し合う生き物はそう多くない。エルァが一言呟くだけで時が進み、寿命を迎えて腐乱するならばどれほど簡単だったか。
ハージンの理解が正しければ、「時を進める」ということは「対象の人生を早送りする」ということであり。たとえそれが魔女の秘術としても軽々にできることではない。 この世界には「因果」という言葉がある。エルァの魔術は一瞬でその「因果」を捻じ曲げるものだ。使えば使うほど、因果の溜まり滓がエルァに牙をむくだろう。
それでもこれではっきりした、エルァは魔女である、しかもこの若さで不相応な実力者だ、と。
そしてハージンの推測が正しければ、エルァはハージンの槍かエルァの空間に何らかの魔術を行使した可能性が高い。──ハージンを挑発する際にエルァが杖を向けていたことからも、そういう推察が可能だ。
「なるほど、武芸に秀でていたわけではないんだな」
少々の残念と共にハージンがつぶやくと、耳聡くその言葉を拾ったエルァが少し頬を膨らませて抗議し始めた。彼女がハージンに顔を近づけて不平を口にする。
「いいえ、あれは私の武芸です~。どう?ご不満ならもう一回やってみる?」
「やめておこう。どうせ負けるのが目に見えている」
「あら、最強を目指してもらうのにそういう引け腰じゃかなわないわ。ほら、稽古つけてあげるからこっちに──」
そこまで口走ったところで、エルァの言葉は大音声に阻まれた。
「見つけたぞゴラァ、鳥殺しぃ!!」
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