おばけが話してくれたこと

めろにか

夜に

 こんばんは。蝋燭をつけてください。それでは、お話の時間です。


 私は、公立小学校の教師を務めていました。教師という職業は、ともすれば私に最も向いていない職のうちの一つかもしれませんが、自分の進む道に興味を見出せない私にとってコイントスの神は絶対でした。ただ、教職でそれなりに稼いではいたので、一生この仕事についたままだろうと思っていましたし、実際そうなりました。ただ、感受性というモノが人より欠けている私は、教師をやっていてもなんの感動もありませんでした。・・・いえ、一つ、感動、ありました。今夜は、その私の教師という仕事の中でのただ一つの感動についてお話ししたいと思います。


 教員歴六年目、五年2組の教室に足を踏み入れた時、特に何も感じませんでした。し型特有の不安と緊張と興奮が等しく入り混じった目でこちらを見上げる子供達は、どの教室でも見られます。ただ、教室の1番隅っこに、イヤホンをしている女の子がいました。難聴とかではなく、何かを聴いているようです。

 彼女はずっとそれをつけていました。彼女のことは、彼女と呼ばせていただきます。彼女の名前は忘却の彼方、顔も眼以外の要素は全く覚えておらず、あだ名もつけられないのです。

 話を戻します。彼女は、給食中、掃除中、登下校中、もちろん授業中も、ずっとそのイヤホンをつけていました。彼女が何を聴いていたのかは、誰も知りませんでした。当然、私も。

 彼女と面談したことがあります。面談といっても、全員がする面談で、事前に簡単なアンケート用紙を配布し、そこから質問していくというものでした。ただ、彼女の場合、追加で聞いておかなければならないことがありました。

 彼女の父親は、他界しているそうです。いつ亡くなったのか、事故か事件かも私には知らされませんでした。そんな状態で何をきけばいいのか判じかねますが、この程度のことを1人で解決できないようでは、公立学校の教師など三日と務まらないでしょう。ということで、私はとりあえず彼女にお父さんについて聞かせて欲しいんだけど、と切り出してみました。そのときの彼女の眼・・・私は、片時も絶対忘れないと思います。彼女の眼には、潤いも光も全くありませんでした。まるでこの世にある負の感情を全て注ぎ込まれたような目をしていました。どこまでも深く、暗く、奥で青黒い炎が煮えたぎっているような。私は混乱しました。このままずっとこの目を見ていたら確実に死ぬ、という確信が私を貫きました。ですが、金縛りにあったように体が動きません。目をそらそうとしてもできません。

 気がつくと、彼女が座っていた椅子には次の出席番号の生徒が座っていました。なんと言って面談を終わらせたのかは全く記憶にありません。シャツはびしょ濡れで、心臓も脈打っていました。なかなか面談を始めない私に生徒が不審な目を向けていました。なんとか呼吸を整え、どうにかその日の面談は終わらせました。その後も、彼女の目がフラッシュバックして私は仕事に手がつきませんでした。

 どの教室にも、謎に口うるさい女子なら生物が一定数存在しています。他人のことに興味が持てない私にとって彼らの性質は不可解そのものでした。教師をするに当たりどうしても向き合わなければならなくなります。神様が我々に試練を与えるためあのような生物を配置したのだ、というのが私の教員人生で出した結論です。

 五年に神の教室にも御多分に洩れずそのような生物が生存していました。代表的だったのが次期委員長です(彼女と呼ぶとややこしいのでここからは次期委員長と呼ばせていただきます。次期委員長の名前も例によって全く思い出せないのです)。次期委員長は口がやたらと大きく(顔も思い出せないのですが、口だけは印象に残っています。それほどまでに大きかったのです)、地球上の酸素を無駄に多く吸引し、その酸素をあまり意味の伴わない言葉に変換して羅列するのです。

 次期委員長は、『謎に口うるさい女子』の本領を始業式の日からいかんなく発揮していました。あまり荒れたクラスではなかったので、次期委員長の言葉の矛先はずっとイヤホンをしている彼女に集中しました。

 彼女がイヤホンをしている間は次期委員長はずっと彼女に向けて唾を飛ばしていました。つまり四六時中です。流石に家に着いて行ったりはしませんでしたが、登下校中もなるべく付き纏い、授業中もお構いなく彼女に唾を浴びせかけていました。側から見ればとても仲がいいように見えますが、半径五メートルも接近すれば違うことは一目瞭然です。次期委員長は席替えのたびに私に申告して、彼女の隣になりました。本来そのような生徒からのリクエストは受け付けないはずなので、私にも大いに問題があるのでしょうが

 

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