海の蛙は泳げない

@kinnjixyono

8月1日

「今日はなかなか暑いね。」


後ろからそう聞こえたとき、はじめは学校のだれかのいたずらだと思ったんだ。

墓園の近くに一人で来ていた僕を脅かそうって。

でももしかしたら、本当にお化けが僕に喋りかけて来たかもしれないと思い恐る恐る振り返ったんだ。

しかし、そこにいたのは人間でもお化けでもなく

蛙だった。

暑さで頭でもおかしくなったと思い、最初はこの蛙を無視しちゃったんだ。

だって蛙が喋るなんて、普通思わないじゃん!!


今日は8月1日。僕の小学校生活最後の夏休みの初日である。

しかし夏休みだからといって、別に大してやることもない。言うなれば暇なのだ。


「早く終わってくれないかなぁ夏休み。」


「あんたそんなゴロゴロしてるなら宿題でもやりなさいよ。」


母さんはああ言ってるが、不思議なことに暇だからといって宿題をやる気にはならないものなのだ。


「それかまた今年も行ってくれば?」


「んあぁあそうする〜」


あくびの混じった返事をしながら着替えて支度をし、家をあとにした。

今年も行ってくるというのは、簡単に説明すると、父さんの墓参りだ。

あまり夏休み初日に行く人はいないと思うが、いかんせんお盆は祖母の家にいってしまっているので、その時期に自宅に近い父のお墓に行くのは不可能なのだ。だからこうして行くわけだが、それよりもあのへんは景色がいいのだ。少し山道を登ったあとに広がる墓園を抜けると、遠くに少し海が見える、いわば秘境というやつなのだ。

なので父には申し訳ないが、父のお墓参り兼散歩という形になってしまっている。

そうして炎天下の山道をぬけ、墓園を歩いていたときにあの蛙とであったというわけだ。ということで冒頭に戻る。


「今日はなかなか暑いね」


こちらが蛙がしゃべったことに気づいていないと感じたのだろう。

すこし間が空いたあと、再び話し始めた。


「こっちだよーおばけとかじゃないよ。おーい」


驚きよりも頭は疑問でいっぱいだった。少しして、こちらも叫んでしまった。


「うわあぁぁぁぁ!!」


「びっくりした?蛙と喋って。」


「びっくりしたよ!ていうかなんでそっちは当たり前のように人間の言葉をしゃべってるのさ!」


「いやそれが私もわからないんだ。気がついたら話せるようになってて。

で、今偶然見つけた君に話しかけたってわけ。」


意味がわからない。新しいジャンルの詐欺か?なにかテレビ番組のドッキリか?それとも本物の宇宙人ってやつか?色々な疑問が頭に浮かぶ中、その蛙は淡々と話し続けた。


「それにしてもなんでこんなお墓に子供がひとりでいるんだい?

あ、もしかしてお墓参りってやつ?こんな暑い中ご苦労さまだね

えらいね!」


なんてよく喋る蛙なんだ。

しかしただ人間の言葉を喋るだけじゃなくて、人間の言葉を知ってる?

いよいよ地球を侵略しに来たのではないかという考えが頭をよぎるが、そう考えるとむしろ驚きよりワクワクが勝ってきたためようやく口が回るようになってきた。

一度、深く深呼吸をしてから口を開けた。


「宇宙人ですか?」


「は?」


間違えてしまった。もし本当に宇宙人だったらこの瞬間UFOにでも連れ去られるだろうか。


「ごめん間違えた。でも君は何者なの?普通の蛙じゃないよね。こんなところで何をしてるの?」


「それがね、わからないんだよ。」


「え?」


このカエルの話曰く、どうやら気がついたらこの墓園にいたようで、特に何かを企んでいたわけではないらしい。まぁ蛙なんてそんなもんかと考えていると、こんどは蛙のほうから質問をしてきた。


「逆に君は何をしてるの?お墓参り? 」


「あぁ、まぁそれもそうなんだけど、この墓園の奥にお気に入りに場所があってさ。そこにいって景色でも見に行こうかなって」


「じゃあ一緒に連れて行ってよ」


まじか。と思ったけれど、まぁ蛙一匹いてもいなくてもあの景色は変わらないと思い一緒に見に行くことにした。ただ歩くペースが遅かったけれど。





「うわぁーすごいねぇ」


蛙でも景色に感動するのだなと、思いつつ僕もこの景色に感動していた。

ここは何回来ても、毎回思い出よりもきれいなものだと実感する。都会のようにビルなどの大きい建物がなく、周りはほとんど田んぼなので遮蔽物がなく、通くからでも海が良くみえるのだ。周りは木に囲まれているので今日のような暑い日でもちょうど日陰になっている。時々木々の隙間から流れてくる風が心地よい。無造作に置かれたベンチでゆったりしていると、また蛙が話しかけてきた。


「いま夏休みなのかい?」


「夏休みも知ってるの?やっぱりほんとに宇宙人何じゃないの?」


「だから宇宙人じゃないって。それより折角の夏休みならさ、友達とかと遊んだりしないの?」


「僕はあんまり学校に友達とかいないんだよ。そもそもの人数も少ないしね。だいたいみんな旅行とか帰省とかしてるんだよ。」


「君は帰省とかしないの?」


「お母さんのほうの実家は自宅から近いからね。お父さんの方の実家にはお盆で変えるけどね。一週間だけ。」


だんだん普通に蛙と話すことに違和感を持たなくなってきているが、意外とはなしてみたら人間とあまり変わらないものだ。すると、色々話しているうちに、蛙がなにかひらめいたような声で話した。


「じゃあさ、私と一緒にあの海にいかない?」


「あぁ海かぁ。そういえば見たことはあっても実際に行ったことはないなぁ。

でもお母さんに車出してもらうときに蛙のせるのはちょっとなぁ」


「じゃあ歩いて行けばいいじゃん!」


「は。」


何をいっているんだこのカエルは。たとえここから見えていたとしても、山を下って田んぼを抜けて海にたどり着くまでは10キロメートルはあるはずだ。

自転車や車でいくなら余裕だが、徒歩で、ましてや蛙の歩幅で行くとなれば何十時間もかかるだろう。それを今日一日でいくというのは流石に厳しい。


「いや、流石に今日歩きで海まで行くのは厳しいよ。」


「いやいや今日歩いてつくなんて思ってないよ。」


ん?まさかこのカエル…。


「夏休みいつまであるの?」


「あと30日くらいあるけど。」


「じゃあ毎日ちょっとずつ行けば行けるね!」


まじかこのカエル。と、おもったけれど特に毎日特にやることはないし、なによりあの海に行けるというのは結構じぶんでもワクワクしていた。かなり現実的でないことはわかっていながら。それでも好奇心には勝てないものだ。


「じゃあ…やってみるか。毎日海まで歩くか!」


「そうこなくっちゃ!」


蛙も、楽しくなってきたのか、ケロケロと鳴いた。出会って初めてカエルらしかったぞ。今。

そうと決まればまずはルールを決めた。

毎日の歩く距離の配分。目標は1キロだってけれどおそらくこの田舎の道のりを蛙と歩くのは厳しいと思い、その半分にしたこと。

別れた場所に次の日のお昼13時に街のチャイムが流れる時間に集合すること。

ちょうどベンチの横に地図があったので、そこで海までの道を確認したこと。海は見切れていたけれど、間違ってはいないはずだ。蛙のほうもクワクワと相槌を取っていた。


「じゃあ明日から歩こうね。」


諸々話し終わったあと。そう言って解散しようとすると。

ちょっと待ってと、止められた。


「もう一個大事なことをまだしてないぞ。」


僕が首をかしげると間髪入れずに蛙は話した。


「まだ自己紹介してないよ!君の名前は何と言うんだい。」


この名前を聞くための宇宙人の演技だったとしたら、僕はまんまと騙されたことになっていたが、僕の中にはもうそんな考えは残っていなかった。


海野陸うみのりくだよ。逆に君はなんて呼べばいいかな。カエルくん 」


「私の正式名称はニホンアマガエルだからね。まぁアマガエルさんとでも読んでくれたら。


「じゃあアマさんだね。」


「なんか女性の漁師みたいじゃない?リク。」


こうして僕、海野陸とニホンアマガエルのアマさんは二人で海を目指すことになった。


「じゃあまた明日ねアマさん。今日は家に帰るね。」


「家に…蛙!?」


「それ言いたかっただけだろ」





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