第3話 人数制限のある役所

 メイの案内によりロゼットたちが辿り着いたのは、「役所」から連想するような建物ではなく、洞窟のような入り口だった。

 石積みの小さな建物の周囲には剥き出しの乾いた地面があるだけで、外からは何か手続きできる空間があるようには見えず、待っているというガイの姿もない。

(もしかして、これって物置?)

 何か必要な物を取り出しに来ただけ、そう思っていたなら、木の扉を開けたメイが先を譲るように洞窟を指差した。

「さあどうぞ。灯りがあるから大丈夫だと思うが、階段になっているからね。足元には気をつけて行くんだよ」

「階段……?」

 覗き込めば確かに下へ続く階段がある。

 どうやら役所はこの下にあるらしい。

 ただ、メイの言うとおり確かに階段は照らされているのだが、ここからではそれらしき床は確認できなかった。

 地下深くへと続く長い階段にゴクッと喉が鳴った。

「メイさんは?」

 不安からそう問えば、深緑の瞳が意味ありげに笑う。

「残念ながら私はここまでだよ。役所に入れる人数は限られていてね。姿移しと里の証の取得が必要な者以外は、執行者か長さましか入れない、というか、入らない方がいいんだ」

「し、執行者?」

 物々しい言い回しに怖じ気づいたなら、一転、メイが快活に笑った。

「なに、役名だよ役名。ただの役回りの名称さ。今回はガイの担当だが、実のところ、里の者なら誰でもなれる気軽な役なんだ。そんなに緊張する必要はないよ」

「そう、ですか……?」

 メイを疑うつもりはないが、(本当かなぁ?)という気持ちは色濃い。

 と、不意に思い至って尋ねてみた。

「オーサさん――長さま? は、いないんですか?」

「ん? ああ、長さまはまだ休んでいる頃だろうね。あの人は見た目よりお忙しい方だから。……あ、長さまの方が良いならガイにそう伝えるけど?」

 何かに気づいた様子のメイが、ニヤッと笑う。

「い、いえ、そんなことは全く」

 思わず気圧されたロゼットが手と首を振ったなら、「冗談だよ」と言った後でメイが苦笑した。

「そうそう。今教えたって仕方がないことかもしれないけど、実は長さまは長さまと呼ばれるのがあまり好きではないらしい。だから、できればさっきみたいに「オーサさん」と呼んでやっておくれ。……できればでいいからさ」

「はあ、分かりました」

 不思議な言い回しには首を傾げつつも、了承したなら「頼むよ」と託される。

 意味を図りかねてナタリーを見たなら、何やら思いついた顔をしていた。

(あ、これは絶対「長さま」って呼ぶつもりだ)

 人の好き好きなど人それぞれ。

 窘めるつもりもないロゼットは半ば呆れつつ、メイへ別れと案内の礼を述べつつ、階段を降りていった。

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