第2話 広く明るく低い食堂

 新品としか思えないワンピースに袖を通し、見苦しくない程度に梳いた茶髪を一つに纏める。

 人を待たせていると急く気持ちから、本当に必要最低限の身なりだけを整えたロゼットに対し、合流したメイは「行くよ」と背を向け、ナタリーは「あら、よく似合ってるわ」と言いつつ横に並んだ。

 そうして歩き始めた道のりは、昨日同様ほとんどが草原であり、天気も快晴だ。時間帯はまだ朝で通じると、太陽の位置にホッとしていたなら、見覚えのある建物の前まで来た。外壁に緑のツタが這う、年季の入った木造の建物。

「ここは……」

 きょろきょろと見渡すが、昨日その姿を見つけた木の下にガイはいなかった。

「ほら、こっちだよ」

 メイはと言えば、そんなこちらを構う様子もなく、建物の中に入ってしまう。

 そこはガイの家ではないのか。もしかして二人は夫婦なのか。

 戸惑いに浮かんだ疑問は口を出ていかず、一度だけ姉と顔を見合わせたロゼットは、あの時は見かけただけだった建物の中へ、おずおず入っていった。



「ごちそうさまでした」

 出された朝食を食べ終わったなら、メイが「はいよ」と受け答えがてら、食後の紅茶を置いていく。

 てっきりガイの家かと思っていた木造の建物は、食堂兼酒場だった。

 テーブルと椅子が等間隔に配置され、カウンターまで備えてある室内は、外で見た時より広く明るい。ただし、利用する客のほとんどはガイやメイと同じくらいの身長のようで、天井までの距離がとても近い。もしもここにオーサが来るようなことがあれば、歩くだけで天井を擦りそうである。

 思わず想像した姿にカップ内で笑めば、すまなそうにメイが言う。

「いやー、昨日はすまなかったねぇ。食べ物もない家に一晩放置してしまって」

 なるほど、だから朝食のために朝から来てくれたのか。

 ロゼットがそう思っていれば、

「いえいえ。まだ保存食がありましたから」

(うっ!)

 姉の返しにカップの中で呻く。

(……あの少ない荷物の中に収まる保存食なんてどんなものなの? って興味を持たれたらどうするのよ。一番説明に困るのは姉さま自身なのに)

 幸いにして、メイはその手の物に興味がないらしい。

 一晩の空腹は免れられていたことに対してのみ、「そうかい。それなら良かった」と笑った彼女は、ロゼットたちのカップが空になっていることを確認して頷いた。

「じゃあ、そろそろ行こうか。あまりガイを待たせても悪いからね」

「ガイさん? 待つって――あっ!」

 率先して席を立ったメイに促され、立ち上がったロゼットだが、あることに気づいて懐や腰にパタパタ手を当てる。

「すみません、今、お金を……ああでも両替してない」

 いや、そもそも今の状態のこの場所に、両替という概念自体あるのだろうか。

 うっかり失念していた自分に焦りが募れば、メイが苦笑しながら首を振った。

「気にしなくて良いよ。今回は私の落ち度ってことで奢りにさせとくれ。それにこの里じゃ、外の国の金は両替も出来ないからさ」

「そ、そんなこれからここで暮らすのに」

「だからさ。その点も引っくるめて、新生活者に案内する必要があるだろ? だからガイのところに――役所に行くのさ。姿移しと里の証を取得するために」

 メイはそう言うと、来た時同様に先を歩き始める。

 迷いのない小さな背中からナタリーへと視線を移せば、ロゼットと同じ立場のはずなのに、少しも動揺のない姉は微笑み、先へ進むよう促すのみ。

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