第4話 世捨ての意

 覗いた時に感じた長さよりも早く辿り着いた空間は、やはりというべきか、外観同様「役所」という名称で思い浮かべる場所とは違っていた。

 生命の温もりのないひんやりとした空気に草原を揺らす風もない無音。周囲を照らす灯りは十分な明るさだが、光が纏う色は青く、モザイク画の床も寒色のみで構成されている。

 もしも自分の姿を俯瞰で見ることが出来るのならば、天井の見えない円筒状の岩肌に囲われた洞窟内で、それよりも小さい円筒状の台座の上に立っていることだろう。

「ここは……」

 ――儀式の間。

 頭に浮かんだそんな言葉に後ろを振り返れば、気づいたナタリーが微笑む。これにより少しだけホッとしたなら、掛かる声があった。

「おう、来たか」

「ガイさん……」

 改めて見た前方には、一変した空気感で視界に入っていなかった姿があった。

 昨日と同じ格好のガイは、変わらず低い背丈の上で手を振る。

 この場所が妙に似合う縦に長い瞳孔の金の目に、多少気圧されつつも近づくと、こちらの怖じ気など一切気がつかない調子でガイが笑った。

「飯は食えたか? メイの奴が忘れてた! って青い顔をしていたんだが」

 神秘的にも感じられる空間で発せられる世間話。

 構える必要はないと言わんばかりのソレに、肩透かしを食らったロゼットは、知らず緊張していた気持ちを緩めて頷いた。

「はい。お陰さまで。奢ってももらいました」

「そうかそうか。ま、腹が減ってなきゃなんだっていいさ」

「お腹が空いていたら危ないんですか? その、手続きって」

 ガイの言い回しに気になって尋ねたなら、変な顔を返された。

「いや? ただ、もう朝だろ? 腹は減っているより、満たされた方がいいだろ?」

「それはまあ……そう、ですね」

 改まって言われたなら、確かに変なことを言ってしまったと自覚する。

 と、何かに気づいたガイが「ああ」と頷き、黒みがかった茶髪の頭を掻いた。

「もしかして、ここのせいか。役所って聞いて来てみたら、こんな場所でビックリしたってところだろう」

「ええ、まあ」

「悪い悪い。何せ、俺らには大して珍しい場所でもないからよ。里の連中の大半はここから始まった奴ばかりだしな」

「ここから、始まった……?」

 朝食の話とは違い、一般的な話ではなさそうな内容に呟く。

 ガイの尖った耳は尖っている分、聞こえやすいのか、頷いてみせた。

「ああ。メイから聞いているかもしれないが、この里に移住を希望した奴は、まず姿移しってのをするんだ。そこで今までの姿と記憶を捨てるんだよ」

「え……」

 とんでもない初耳に呆然とするロゼットを置いてけぼりに、ガイは言う。

「ほら、元々ここはとんでもない王のいた場所だったって言うだろ? だから、ここに来る奴ってのは大抵、何かの役回りを吹っかけられた奴か、何もかもどうでもいいって奴なんだよ。吹っかけられた奴ってのはまあ、帰る選択をする奴がほとんどなんだが、どうでもいいって奴の中には移住を希望する奴が間々いる。そして、どうでもいいって奴は大概自分ってのを捨てたがるらしくてな。だから、移住者は俺やメイや他の奴らみたいな姿と状態になるんだ。憶えているのは、元は人間の姿であることと、この姿には進んでなったこと、あとは一般常識ってところか」

(そんな話、昨日は全然……)

 急な話にナタリーを見れば、姉は先ほどと同じく微笑むのみ。

 知っていたというより、あまり気にしていない様子に愕然としたなら、語りに語った後でガイが付け足した。

「ま、アンタたちには関係ない話にはなるんだが」

「……え?」

「ん? なんだ? 姿移しをやりたかったのか?」

「い、いえ! そんなことは全然!」

 慌てて否定したロゼットに対し、ガイは不思議そうに顎髭を擦った。

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