人生の選択編

第3章 それぞれの選択

第1話

大学に入学してから、あっという間に二年が過ぎ、俺たちは三年生になっていた。あの温泉旅行での「宿題」から、もう一年以上が経つ。卒業まで残り一年。就職活動や大学院進学といった進路選択が本格的に始まり、俺たちを取り巻く現実は、のんびりとした大学一年生の時とは、まるで違うものになっていた。


あの日、美保から突きつけられた「卒業までに答えを出してほしい。誰か一人を選ぶのか、それとも私たち全員とこの関係を続けていくのか。曖昧な答えは許しません」という言葉。そして、「4人でいるのがいくら楽しくとも、いつまでも4人でいられるほど現実は甘くない。就職や妊娠、結婚の在り方を考えれば、いろいろな覚悟が必要になってくる。その選択を、あなたに私たちは丸投げしたうえで、その選択結果を私たちに説得するように求めています。あなたが、私たちを、納得させる義務があるのよ」という、厳しい現実の提示。


クリスマスパーティーで、俺たちは四人で愛を再確認し、絆を深めた。性的な関係も、もはや互いに見守り合うという、他に類を見ない形で確立された。俺は、それぞれ異なる魅力を持つ三人の女性を愛している。志保の真面目さと情熱、美保のクールさと知性、緑の純粋さと優しさ。誰か一人を選ぶなんて、考えられなかった。しかし、この関係をこのまま続けていくことが、どれほど困難なことかも、理解し始めていた。


大学のキャリアセンターには、多くの学生が押し寄せている。俺も、説明会に参加したり、ES(エントリーシート)の書き方講座を受けたりする中で、漠然とした将来への不安が現実味を帯びてきた。企業に就職すれば、転勤もあるかもしれない。結婚という形になれば、親や周囲の理解も必要になる。この複雑な関係を、社会の中でどう位置づけるのか。俺の優柔不断な性格が、再び顔を出そうとしていた。


昼休み、いつものように学食で四人で食事をしている時だった。


「佐野さん、就職先、もう決めたの?」


緑が、少し緊張した面持ちで志保に尋ねた。


志保は、一口スープを飲んでから、ゆっくりと答えた。


「まだ、具体的には決めてないわ。でも、私はこの地元で、ずっと暮らしたいと思っているの。だから、地元の企業を中心に考えているわ」


志保の言葉に、俺は少し胸が締め付けられた。彼女の真面目な性格からすれば、結婚して家庭を持つこと、そして一途に一人を愛することを望んでいるだろう。俺との関係は、彼女の理想とは大きくかけ離れているはずだ。それでも、彼女は俺を受け入れ、この関係性を「正しい」ものとしようと努力してくれている。彼女の独占欲をある程度優先する、という俺なりの「答え」が、本当に彼女を幸せにできるのか。


次に、美保が静かに口を開いた。


「私は、卒業したら、東京に出るつもり。大学院に進学して、もっと専門的な研究を続けたいから」


美保の言葉に、俺は驚いた。東京。それは、俺たちの関係に、物理的な距離という新たな課題を突きつけることになる。美保の知的な探究心は、俺たちとの関係さえも冷静に分析し、自身のキャリアプランに影響しないかを計算しているかのようだった。彼女が俺に依存していることは知っている。しかし、彼女の依存は、俺との関係が自然消滅することへの嫌悪であり、必ずしも俺を物理的に独占したいというものではないのかもしれない。彼女が俺に突きつけた「宿題」は、俺の「選択」が、彼女自身のキャリアにどう影響するか、という問いも含まれているのだろうか。


緑は、少し俯きがちに、小さな声で言った。


「私、まだ、全然決めてないや……。何がしたいのか、よく分からなくて……」


彼女は、男性への苦手意識を克服し、俺との関係で大きな自信を得た。しかし、その「安全基地」である俺との関係を失いたくないという思いが、彼女の将来のビジョンを曖昧にさせているようにも見えた。彼女の言葉からは、結婚や妊娠といった女性特有のライフイベントへの、漠然とした不安も感じられた。もし、俺が誰か一人を選んでしまったら、彼女は、またあの孤独な世界に戻ってしまうのではないか。俺は、彼女の純粋な愛情に応え、彼女の未来を守らなければならないと強く思った。


俺たちの会話は、いつしか、それぞれの将来について真剣に考える時間になっていた。周囲の友人たちが、楽しそうに「彼氏ができた」「彼女と旅行に行く」といった恋愛の話をしている中で、俺たち四人の関係は、誰にも言えない秘密であり、そして、それぞれが抱える「人生の選択」という重い宿題を突きつけられていた。


俺の優柔不断な性格は、刻一刻と迫る「宿題」の期限に、再び大きな葛藤を抱え始めていた。誰か一人を選ぶのか。それとも、この複雑な関係を続けるのか。そして、その選択が、彼女たち三人の、そして俺自身の未来に、どう影響していくのか。


卒業という現実が、目の前に迫っていた。

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