第13話
月明かりが窓辺から差し込む中、軽い靴音と共に少女は廊下を進む。
白い石材で作られたタイルに含まれている石英などの結晶が月明かりに照らされて、キラキラと輝き、何処からか吹き込む冷たい風は少女の肌を優しく撫でた。
先程まで聞こえていた楽団の演奏は次第に遠退き、遂には消えてしまった。
この場所にあるのは、何処からか響く風の唸り声と少女の呼吸音、そして、靴音だけだった。
少女は扉の前で立ち止まると、ドアノブに触れ、ガチャガチャと捻った。
扉は開かなかった。
これまで少女が触れた廊下の扉はどれも施錠されており、中に立ち入ることはできなかった。
その点に不思議は無かった。
パーティー開催中は様々な人が出入りする為、警備上の観点から、施錠されていてもおかしくは無い。
又、扉はいずれも質の良い木材で作られた重厚な代物で、子供が少し乱暴に扱った程度で壊れる様な代物でも無い。
寧ろ開いている方が不自然という物だ。
少女はドアノブから手を離すと、溜め息を吐いた。
もう、かなり会場から離れた場所まで来てしまった。
明らかにパーティーとは無関係の……こんな場所に来てしまって良かったのだろうか?
少女には、良くない事をしているという自覚があった。
結局、少女の言うところの、"おさかなさん"が感じた違和感の正体は分からなかったが、潮時だろう。
少女は元来た道を引き返そうとする。
その時だった。
ごーっと、低い風鳴り音を響かせながら、一層強い風が廊下を駆け抜ける。
ふと、背後から物音が聞こえた。
少女が背後を振り返ると、少女がまだ触っていなかった扉が一つ、風圧でゆっくりと開いた。
少女は躊躇いながらも、埃の臭いが漂う、この部屋の中へと入っていった。
『お邪魔しまーす……』
少女は開いた扉の隙間から、ひょっこり頭を出し、部屋の中の様子を伺った。
そこは倉庫だった。
古びた家具、緩衝材が詰められた大きな木箱、シートが被されている石像が窓辺から差し込む月明かりに照らされて大きな影を引いていた。
少女の声に反応する者はいない。
少女は扉の隙間を広げ、室内に入ると、背後に手を回しドアノブを引く。
重い扉はギーッと音を立てて蝶番を軋ませながら、ゆっくりと閉まった。
ガラクタばかりが置かれた石造りの部屋は窓では、夜風に合わせてレースの薄いカーテンが窓辺で揺れている。
月の光がヴェールのように布を透かし、夜風が繊維が揺れ動かすたびに、部屋の暗闇が浜辺に打ち付ける波の様に窓辺に押し寄せては引き下がる。
少女は窓辺へと寄った。
月の光のヴェールを潜り抜けた先、月明かりが照らし出していた金属製の窓枠には、靴先を室内に向けた靴痕が一つ、残されていた。
***************
『……誰かが此処から中に入った?』
私は目を丸くしながら窓枠に残された靴痕を見た。
指先で靴痕に軽く触れてみると、指先に湿った土が張り付く。
……この跡が付いてからそんなに時間が経っていない。
背筋に寒気が走った。
私は此処に来るまでの道中、誰にも会って居ないどころか、人の気配すら感じなかった。
そもそも、こんな真夜中に窓から入るなんて事を屋敷の人間がするはずがない。
普通じゃ絶対有り得ない。
つまり……侵入者がまだ近くに居るかもしれない。
『何やっているの?』
誰かの声が背後から聞こえた。
ビクッと肩を震わせ、驚いて振り返った私の視線の先には、ブリキのおもちゃを大事そうに両手で抱え、驚きで大きく目を見開いた茶髪の少年……カルロス=ソルトが立っていた。
『ご、ごめんなさい!ちょっとパーティーに疲れちゃったから1人になりたくて……!別に何にか悪いことをやっている訳じゃぁ……』
私は慌てて弁明をしようとした。
規制線こそ無いものの、本来入っちゃいけない場所に入っている自覚はあった。
人から見れば不審に映るだろうし、そして何より、目の前の少年の好奇心に満ちた視線にどこか居心地の悪さを感じてしまう。
『あー……大変だよね。』
よろけながら慌てて弁明をする私の様子を見て、カルロスは合点がいったのか、声を漏らした。
『ボクもこういうパーティの時は大人の人達に挨拶して回らないといけないから気持ちは分かるよ。』
『そうだよね!ほんとーに大変!』
私は弁明が受け入れられるや否や、カルロスの言葉に食い気味に同意するとと共に胸を撫で下ろす。
カルロスは近くにあった木箱の一つを手で埃を払い、ひょいとその上に座ると、私の顔をキラキラとした目で見つめながら呟く。
『えーっと……ボク、キミとは会った事ないよね?
名前聞いても……いい?』
『あ、私、レイラ=クロフォード。
ロント子爵……ハビエルさんに招待され『あ、キミがお爺ちゃんの言ってた子なんだ。』
私が説明をしようとしたその瞬間、カルロスの表情がぱっと明るくなった。
『ハビエルさんが私の事を?』
私はきょとんとした顔をした。
カルロスは嬉しそうに笑顔を浮かべながら頷いた。
『うん!、魔術がとても上手な子なんだってね。
まだ、お友達が少ないから、お友達になってあげてって言われた。』
うぐっ……無邪気に事実を告げるカルロスは私の心を深く抉った。
確かにこういう場所で会える友達はとても少ないけど……そんなことを他人に指摘されるのは少し気恥ずかしい。
私は笑顔を引き攣らせながら、話題を変えようとする。
『あはは……ソルトくんはもしかしてその為に、此処まで私の後を追ってきたの?』
『ううん、ボクは"お宝探し"中。』
カルロスは首を横に振った。
『お宝探し?』
ピンと来ない言葉を聞いた私はオウム返しをした。
『そう、物を一つ"お宝"って事にして、誰かに屋敷の中に隠してもらうの。
それを"みんな"で見つけ出す遊び。
毎年、こうやって"みんな"と遊んでいるんだ。』
カルロスの声から、これまで何度も経験している楽しさを私に伝えようとしている事が伝わってくる。
『かくれんぼみたいだね。』
私は、そんな彼の様子に懐かしい感覚を覚えながら呟く。
『うん、そんな感じ。
……レイラちゃんも遊ぶ?』
カルロスは私に向かって手を伸ばした。
その手は彼の優しい微笑みと同じで、人を穏やかな気持ちにさせる温かさを帯びていた。
『……うん』
私は少し迷った後、伸ばされた手を取った。
小さなカルロスの手が私を手を引き、部屋の扉を開ける。
私達は月明かりに照らされた窓辺を離れ、2人で部屋を出て行った。
窓辺には残されたのは痕跡だけだった。
***************
パーティー会場
挨拶に訪れていた人々の流れが次第に落ち着き、漸く一息つける様になったレイラの姉、ユーフェミアの元へ、ミヒェルがやってきた。
彼女はミヒェルの姿を見るや否や、鋭い印象の目を更に細め、先程までと同様カーテシーをした。
『……こんばんは、チャールウォント男爵』
『私に
『……そういう訳には行きません、この場に居るのは私達2人だけではありませんから。』
"お前は親族だけの場でも、その形式ばった態度を崩そうとせんだろ"ミヒェルは心の内でそう思った。
だが、無理もない。
ユーフェミアにとって、これまで殆どの合わなかった母方の祖父であるミヒェルは馴染みが薄く、ミヒェルに対して親しみは持てないのだろう。
そう言うミヒェル自身も、長らく疎遠になっていた娘の面影を色濃く残す少女にどのような接し方をすればいいのか分からずにいた。
だからこそ、二人のやり取りはいつもこんな感じなのだ。
『そうか……それで、お前達はハビエルからなんと言われた?』
目の前の少女と会話が続けられる気がしなかったミヒェルは、より実務的な話題を変える事にした。
それに対して、ユーフェミアは目を伏せ、少し言い淀みながら応えた。
『……私達姉妹の後援者になりたいと』
ミヒェルは"そうか……"と呟くと、
まるで腫れ物に触るかのように、普段より静かで優しげな声色で尋ねた。
『お前はどう返事をするつもりなんだ?』
ユーフェミアは心の奥底にある想いを押し、感情の波を感じさせない冷たい声で答えた。
『……まだ決めておりません。』
今のユーフェミアが許せる回答はそれしかなかった。
まだ決められない。
決めたくない。
だがいつまでもそれを続ける訳にもいかなかった。
いずれはどちらかを選ばなければならない。
だけど今は……。
心を固く閉し、全てを受け入れようとする今のユーフェミアの姿に、ミヒェルは10年以上昔の記憶……ケイトを無理矢理嫁がせた時の事を思い出した。
10秒程の時間、2人の間には沈黙が続いた。
この重々しい沈黙を破ったのはミヒェルだった。
『………そうか。…一つだけ伝えておくべき事がある』
『なんでしょうか……?』
ミヒェルは絞り出したかのような声で呟く。
『……家族の事は考えなくていい。お前が好きなように決めなさい。』
その言葉を聞いたユーフェミアは、その紅い瞳を真っ直ぐと、目の前の老人に向けた。
疑問と驚きが僅かに滲んだ視線が、言葉に変えようとするが、その前に、老人はユーフェミアに背を向けて、また、何処かに行ってしまった。
午後9時頃の事だった。
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