第14話

ヴィアースブルク南東部には、帝国からの移民を中心に、多くの移民達が集まる区画が存在した。

一般的にスラムと称されるこの場所に住む人々は、何らかの理由により帝国から亡命した者。

新天地での成功を夢見、家財売り払って移住した者など、新たなチャンスを自分の物にする為に集まった人々であり、それを手にするために彼等は偏見が根強い時代から、このような場所に居着くようになったのだ。


だが、現実はそう甘くは無かった。

この場所から成功者になれるのはごく一握りであり、残りの大多数はこの薄汚れたコンクリートに飲まれ、様々な形でひっそりと消えていく。


ここは種子が芽吹くのを夢見ている者達と、一向に芽生えぬ種子に絶望する者達の拠り所だった。





2ヶ月前


日付が変わって間もない頃。

このスラム一画に存在する古い倉庫のシャッターが上げられた。

錆びついた金属同士が擦れ、錆と劣化した塗膜をポロポロと落としながら、ガシャンと止まったシャッターの開口部からは俗的な音楽が漏れる。


倉庫の中では40人弱の男達がトランプ遊びやダーツに興じ、倉庫内はまるで酒場のような様相を呈していた。

だが、此処は酒場ではない。

表には看板も無ければ、バーテンダーも居ない。

酒の代わりに並べられているのは大量の銃と弾薬だった。


諸王国連合軍やその加盟国が有する武装組織から横流しされた、或いは何処かの職人の手によって密造された銃に手製の火炎瓶、時限爆弾。

そして、壁に掲げられた1枚の旗。


此処にある物が、ここに居る男達の全てだった。



『おー、やっと帰ったか。どうだ?ブツはちゃんと受け取れただろうな?』

倉庫内に居た男の1人が、開放されたシャッター口の方を見遣る。


シャッター口からゆっくりと、一台の商用バンが倉庫内へと入って来ると、男達の前で止まり、バンの中から黄金色の髪をした若い……まだ二十歳にも満たないであろう男が降りた。


『はい、問題なく受け取れました。』



そう言って、バンの後部扉を開くと中に載せられていた木箱を一つ一つ下ろし始めた。


木箱にはアトラス・エレストリスという文字列と太陽を模したロゴが刻まれていた。


男達の間にどよめきが起こり、注目が木箱の山へと集中する。


男達の1人が木箱に詰め寄るとバールを使い、こじ開け、木箱の中に手を突っ込み、中に入っていた物を乱暴な手付きで取り出した。


男の手によって、倉庫内の照明に掲げる様に照らし出された"それ"は透明な樹脂製の袋に詰められた鮮やかなオレンジ色の液体とその中を漂う糸屑の様な"何か"だった


男は感極まった様に声を震わせながら、しかし、周囲にはっきりと聞こえる声で言った。


『……間違いない、軍用の急速培養キットだ。』


まるで"何か"に神秘性を見出したかの様に眺める男達の様子と、その言葉を聞いた若い男はまるで憧れのヒーローにでも会ったかの様に目を輝かせながら言った。

『という事は、本当にあの作戦を起こせるんですね!』


男達の1人は言った。

『あぁ!これで足りなかったピースは全て揃った。我々も行動を起こすぞ。』


その言葉をきっかけに、男達は箱から次々と中に詰められていた袋を取り出すと、テーブルの上に山を作っていく。


男達の眼は狂気に染まり、一心不乱に袋を取り出していく。


男達には"これ"以外残っていなかった。

"これ"以外を全てを捨ててしまった。


自分達から全てを奪い去った"何か"に対する報復。

自分達を嘲笑うかの様に踏み躙った"何か"に対する復讐。

自分達にはもう何もできないと捨て去った"何か"に対する反証。


故郷も家族も全てを捨て去り、自分の可能性に全てを賭け、人生を賭けた大勝負に負けた男達の末路がこれだった。


先程までトランプが埋め尽くしていたテーブルを、その上から塗りつぶす様に重ねられたオレンジ色の袋。

その数、凡そ1000袋。


男達は見た。

その袋の山が、自分たちがこれから行う"偉業"が、失った自分たちの価値を保障してくれる未来の夢を。




***************


2ヶ月後

私、レイラ=クロフォードはロント子爵の孫であるカルロス=ソルトに手を引かれ、彼が言うところの"お宝探し"という遊びを共にやっている友達を探し、屋敷の中を彷徨っていた。


『ねぇ、ソルトくん。その友達ってどんな子なの?』

私は心を弾ませながら歩みを進めるカルロスに尋ねた。



『シメオンとカリス……って言っても分からないよね?お爺ちゃんと仲が良い人達の子なんだけど、昔から一緒に遊んでいるんだー。

シメオンはボクと同い年で、運動が得意な子。

カリスは少し恥ずかしがり屋だけど、いい子だよ』



私はへぇ、と相槌を打ちながら、必死にその2人が誰なのか思い出そうとしていた。

シメオン……カリス……何処かで聞いた様な気が……。

しかし、幾ら考えても思い出せない。

"あの記憶"の私も今の私も、こういう場所に来た事は殆ど無かったから、単なる知り合いって訳では恐らく無いだろう。

じゃあ、何処で聞いた名前なのだろうか……



『あ、いた!シメオーン!!カリスー!!』

カルロスの一声で、私は現実に引き戻された。

彼の視線の先には私達と同じくらいの年頃の少年少女が2人、歩いていた。


2人は、カルロスの声に気がつくと此方に寄って来てきた。

、カリスと呼ばれた少女はヘアバンドで亜麻色の髪を纏めた、正にお嬢様って感じの可憐な少女だった。


『カルロ、"宝物"は食堂の方にはなかったぜ。

やっぱりパーティー会場にあるんじゃないのか?』

カルロスが"シメオン"と呼んだ短い黒髪の、整った顔立ちのスポーツマンって感じの男の子は腰に手を当て、周囲を見回しながら言った。


『そうなの?でもシフさんはパーティー会場以外に隠したって言ってたよ?……何処かで見落としちゃったのかな?』

カルロスは不思議そうに首を傾げる。



『ところで、カルロ、その子は誰でしょうか?』

次に声を上げたのはシメオンの隣に立つ、ヘアバンドで亜麻色の髪を纏めた、正にお嬢様って感じの可憐な少女だった。

少女は私の事を薄い目で見ながらカルロスに問いかける。


怖……少女の視線にたじろぐ私の様子を知らないのか、カルロスは無邪気な笑顔を見せながら、私の方に手で指し示した。

『あ、カリスとシメオンに紹介するね?この子はレイラちゃん。

前話題になってた遊園地の"鯨っ子"だよ。』


カリスと呼ばれた少女とシメオンはその言葉を聞いて"あぁ……鯨っ子"と納得したように呟いた。


『えっ、なんで?なんでそれで納得しているの?というか"鯨っ子"って何??』

私は聞いた事の無い異名に狼狽える。


その様子見たシメオンが少し困ったような顔をしながら答えてくれた。


『ほら、"あの事件"で1番派手だったのはあの"鯨"だろ?ぷらいばしーの保護とかであれを作り上げた張本人である君の事は大々的報道されてなかったけど。

でも、目敏い人達は事件に深く関わっていた君の情報に辿り着いていて『事件を知る者の間で"あの事件"で活躍した非公開魔術師の子供、つまり貴方の事を"鯨っ子"という非公式名称で呼ぶ事が定着しています。』


『えぇぇ…………』

カリスが差し込んだ一文に、私は衝撃を受けていた。

鯨っ子。

確かに特徴を捉えたそれらしい呼称かもしれないけど……初対面の人から知らない異名で呼ばれるとは思ってもみなかった。


シメオンはカリスの言葉に同意しながら話を続けた。

『ロント子爵がこういう子を呼ぶのは珍しく無いんだよ。あの人、サーカスの客寄せ動物珍しい物とか好きだし。』


"客寄せ動物"という単語に顔を引き攣らせる私。


カリスがシメオンの言葉に付け加える様に話す。

『カルロの友達集めも兼ねているのでしょう。

レビリア連合魔術学校内で寂しい想いをしないように……私には、無用な心配だと思えてますが』


私は苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

『……動機は理解は出来るけど、納得できない……』



『まぁまぁ、あの方が子供をぞんざいに扱ったという話は聞いた事はありませんし、後援者としてはかなり良い人なのは確かなので其処は安心してください。』

カリスはそんな私の様子を見て、慰めるかの様にそう言った。


『まぁ許すけどさぁ……』


不満気に3人の顔を見た。

カルロス、シメオンとカリスは困った様な笑顔を浮かべた。

カリスは"コホン"とわざとらしく咳払いをする。

『ところで、私達、自己紹介がまだでしたね。』


そしてカリスは自分の左胸に手を当てながら、和かな笑顔を見せて言った。

『初めまして、鯨っ子さん。

私はニケア男爵の子女、カリス=ニケアス=クセナキスと申します。

以後お見知り置きを……ほら、シメオンも挨拶。』

挨拶を終えた直後、カリスは呆れたような態度でシメオンを小突いた。


シメオンは気だるげに言った。

『もう散々カルロが俺の名前呼んでたから言わなくても分かるでしょ。』


『ダメ、初対面の人にはちゃんと挨拶をしないと』


シメオンはこの自己紹介の流れに少し気だるげな態度を取るが、カリスの圧に負け渋々と自分の名を名乗った。

『えー……コルキス子爵子息、シメオン=ゴータス=ケラメウス。これでいい?』


『落第』

『ちぃ』

厳しいカリスの評価にシメオンは不貞腐れた態度で舌打ちをした。

それをきっかけに、カリスの小言は再び始まり、2人は私とカルロスを他所に、再び言い争いを始めた。


『ごめんね、いつもこんな感じなんだ……』

カルロスは苦笑いをしながら気まずさを紛らわせるような明るい声で私に謝った。


だが、私はその優しさに反応する事が出来なかった。

私の頭の中は一つの考えを纏めるために費やされていたのだ。

バラバラだったパズルのピースが次第に集まって繋がっていく。

そして、全てが完成した直後、私は茫然と呟いた。


『……シメオンって黒煙の勇者の名前じゃん』

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