第3話 幼なじみのウソ
「ミカを殺すかもしれない」
ユウトの仮面が、禍々しい黄色の光を放ちながら、彼は震え声でつぶやいた。
三年ぶりに再会した幼なじみの、最初の告白がこれだった。
一時間前――。
月曜日の朝、ミカが教室に入ると、見覚えのある後ろ姿があった。片目が隠れた左右非対称の仮面。でも、その立ち姿には確かに見覚えがある。
「ユウト?」
振り返った顔は、確かに幼なじみのユウトだった。でも、三年前の無邪気な笑顔はどこにもない。
「ミカ……本当にミカなんだね」
再会の喜びもつかの間、ユウトの様子がおかしいことにミカは気づいた。手が小刻みに震えている。まるで、何かに怯えているみたいに。
「久しぶり! ユウトも仮面アカデミアの生徒だったんだ」
「去年から……いや、それより」
ユウトが周りを見回してから、小声で言った。
「ミカ、まだ間に合う。今すぐこの学校を出た方がいい」
「え?」
「ここは、普通じゃない。特に俺みたいな……」
「おはよう、ユウトくん」
レンが近づいてきた。その瞬間、ユウトの態度が一変した。
「おはよう、レン。ミカに学校のこと、いろいろ教えてたんだ」
嘘だ。今、ユウトは学校を出ろって言ってた。でも、ユウトの仮面は光らなかった。なぜ?
「へえ、知り合いだったんだ」
レンがミカを見た。
「ユウトくんは成績優秀だよ。夢の授業でも、一度も赤い光を出したことがない」
「すごいね」
ミカが言うと、ユウトの仮面がかすかに黄色く光った。謙遜? それとも……。
午前中の授業で、異変が起きた。
「今日は『過去の夢』について語ってもらいます」
モノ先生が不気味に微笑んだ。
「子どもの頃の夢と、今の夢。その変化について」
ユウトの顔が青ざめた。必死に平静を装っているけど、ミカには分かる。彼は何かを恐れている。
生徒たちが次々と発表していく。
「昔はヒーローになりたかったけど、今は警察官を目指してます」
「お姫様から、デザイナーに変わりました」
普通の変化。成長の証。でも、ユウトの番が近づくにつれ、彼の震えがひどくなっていく。
「ユウトくん」
「……僕の昔の夢は、教師でした。今も、教師です」
仮面が黄色く光った。半分はウソ。
「本当に? 子どもの頃から?」
モノ先生が追及する。
「はい。ずっと、子どもたちに勉強を教えたくて」
光が、黄色からオレンジに変わった。ウソの度合いが強くなっている。
「…ユウト、あの日の夢、まだ覚えてる?」
ミカが思わず口を挟んだ。三年前、二人で語り合った本当の夢を。
ユウトの仮面が、一瞬真っ赤に光りかけた。でも、すぐに彼は首を振った。
「覚えてないよ」
また黄色い光。覚えているのに、覚えていないふり。
昼休み、ユウトがミカを屋上に連れて行った。
「ごめん、さっきは」
「ユウト、何を隠してるの?」
ユウトは空を見上げた。曇り空が、彼の心を映しているみたい。
「ミカは覚えてる? 俺たちが最後に会った日」
「うん。公園で、冒険家になりたいって」
「それだよ」
ユウトが苦笑した。
「世界中を旅して、誰も見たことのない場所を見つける。そんな夢を持ってた」
「今は違うの?」
「親に殺されかけた」
ミカが息を呑んだ。
「比喩じゃない。本当に、首を絞められた。『そんな夢は許さない』って」
ユウトの仮面が、複雑な光を放ち始めた。白と黄色と赤が混ざり合い、まるで彼の心の葛藤を表しているよう。
「だから、親が喜ぶ夢を選んだ。教師。安定してて、尊敬される仕事」
「でも、それはユウトの夢じゃない」
「夢なんて、どうでもいいんだ」
ユウトの声が震えた。
「生き残ることの方が大事。この学校では特に」
「どういう意味?」
ユウトが振り返った。その目は、恐怖に満ちていた。
「去年、俺のせいで一人消えた」
「え?」
「親友だった。一緒に夢を語り合った。でも、最後の試験で……」
ユウトの話は衝撃的だった。信頼と裏切りの試験で、ユウトは保身のために親友を裏切った。その結果、親友は退学になり、消えた。
「それから俺は、誰も信じないって決めた。信じたら、また裏切ることになる」
「でも」
「信じてほしい。でも、信じきれる自信はないんだ」
ユウトのその言葉に、ミカは涙が出そうになった。
午後の授業で、恐ろしい実習が始まった。
「ペアを組んで、『魂の交換』を行います」
モノ先生が説明する。お互いの仮面を交換して、相手の本当の気持ちを感じ取るという。
「ミカ、俺と組もう」
ユウトが言った。でも、その声は震えていた。
ミオも声をかけてきたが、ミカはユウトを選んだ。彼の本当の気持ちを知りたかった。
仮面を交換した瞬間、ミカは息が止まりそうになった。
痛い。
ユウトの仮面から、激しい痛みが伝わってくる。罪悪感、恐怖、後悔、そして――。
「ミカを巻き込みたくない」
ユウトの本音が、直接頭に響いてきた。
「でも、寂しい。誰かと本音で話したい。でも、また裏切るかもしれない。ミカを殺すかもしれない」
殺す? どういう意味?
仮面を外した時、ユウトは泣いていた。
「ごめん、ミカ。俺と関わらない方がいい」
「そんなこと」
「俺は、大切な人を守れない。逆に、危険に晒してしまう」
放課後、ミオが心配そうに寄ってきた。
「ミカちゃん、聞いた? ユウトくんの去年のこと」
「裏切りのこと?」
「それだけじゃない。その後、ユウトくんを恨む声が聞こえるって噂があるの。消えた生徒の」
ミカは震えた。消えた生徒が、まだ何かの形で存在しているの?
「気をつけて。ユウトくんの周りでは、不吉なことが起きるから」
帰り道、ユウトが追いかけてきた。
「ミカ、今日のことは忘れて」
「忘れられない」
「頼む。俺のせいで、君まで危険な目に遭わせたくない」
その時、ユウトの背後に、一瞬何かが見えた。人影のような、でも顔のない何か。
「ユウト、後ろ!」
振り返ったユウトの顔が、恐怖で歪んだ。
「また来た……あいつが、また」
「あいつ?」
「消えた親友だよ。まだ俺を恨んでる」
二人は走って逃げた。追ってくる気配はないけど、ユウトの恐怖は本物だった。
公園まで走って、ようやく立ち止まった。三年前、二人で夢を語り合った、あの公園。
「ミカ、もう関わるな」
ユウトが息を切らしながら言った。
「俺は呪われてる。親友を裏切った罰だ」
「そんなの、ただの罪悪感でしょ?」
「違う!」
ユウトが叫んだ。その瞬間、彼の仮面が真っ黒に染まり始めた。
「見えないの? あいつが、ずっと俺の後ろにいるのが」
ミカは振り返ったが、何も見えない。でも、確かに感じる。誰かの視線を。憎しみに満ちた、冷たい視線を。
「ユウト、一緒に戦おう。一人で抱え込まないで」
「できない。俺はまた裏切る。それが俺の本性なんだ」
ユウトの仮面が、さらに黒く染まっていく。このままじゃ、ユウトまで消えてしまう。
「違う! あの時のユウトは、今のユウトじゃない!」
ミカがユウトの手を掴んだ。その瞬間、ミカの仮面が激しく白く光った。
「人は変われる。ユウトは変われる。信じさせて」
光が、ユウトの黒い仮面を包み込んだ。少しずつ、黒が薄れていく。
「ミカ……」
「三年前の約束、覚えてる? 一緒に冒険するって言ったよね」
「でも、それは子どもの夢で」
「夢に大人も子どももない。ユウトの本当の夢は、今も冒険家でしょ?」
ユウトの仮面が、複雑な光を放った。黒と白が渦を巻きながら、激しくせめぎ合っている。
「怖いんだ。本当の夢を追いかけるのが。また失敗して、誰かを傷つけるのが」
「じゃあ、私が一緒にいる。ユウトが道を間違えそうになったら、止める」
「本当に?」
「うん。だって、友達でしょ?」
その言葉に、ユウトの仮面から黒が消えた。代わりに、薄い青色の光が宿る。希望の色だ。
でも、その時だった。
「感動的な再会だね」
背後から、冷たい声がした。振り返ると、見知らぬ上級生が立っていた。真っ黒な仮面をつけている。
「君がユウトの新しい『友達』? 気をつけた方がいい。彼は友達を売る」
「誰だ、お前」
ユウトが身構えた。
「忘れたの? 去年、君に裏切られた親友の、兄だよ」
空気が凍りついた。
「弟は消えた。でも、俺は覚えてる。ユウトがどんな顔で『裏切る』を選んだか」
「あれは……」
「言い訳は聞きたくない。ただ、警告しに来た」
黒仮面の上級生が、ミカを見た。
「その男を信じるな。必ず後悔する」
そう言い残して、上級生は去っていった。
重い沈黙が、二人を包んだ。
「本当だったんだ」
ミカがつぶやいた。
「ユウトが誰かを裏切ったのも、その人が消えたのも」
「ああ」
ユウトがうなだれた。
「でも」
ミカは顔を上げた。
「それでも、私はユウトを信じる」
「ミカ?」
「過去は変えられない。でも、未来は変えられる。ユウトが変わろうとしてるなら、私は信じる」
ユウトの目から、涙がこぼれた。
「ありがとう……でも、本当にいいの? 俺みたいな」
「いいの。だって、ユウトは私の大切な友達だから」
二人の仮面が、同時に白く光った。純粋な友情の証。
でも、ミカは知らなかった。
明日、その友情が最大の試練を迎えることを。
そして、ユウトの過去が、想像以上に深い闇を抱えていることを。
夕暮れの公園で、二人は手を繋いだ。
三年前と同じように。
でも、もう子どもじゃない。
これから待ち受ける試練を、二人で乗り越えていくために。
(第3話おわり)
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