第4話 ペアの裏切り者
「ユウトが裏切った」
その紙を見た瞬間、ミカの世界が崩れ落ちた。
信じていたのに。昨日、あんなに純粋な光を放っていたのに。
でも、それは罠だった。
朝の教室、重苦しい空気が漂っていた。黒板には血のような赤い文字で書かれている。
『信頼と裏切りの天秤 ~生き残るのは一人だけ~』
「今日は特別試験を行います」
モノ先生の声が、死刑宣告のように響いた。
「ペアで100ポイントからスタート。最後に『信じる』か『裏切る』を選択。両方が信じれば100ポイントずつ。片方が裏切れば、裏切った方が200ポイント、裏切られた方が0ポイント」
0ポイント。それは、退学への片道切符を意味する。
「50ポイント以下は、夢の追試。失敗すれば……分かりますね?」
消される。誰も口には出さなかったが、全員がその恐怖を共有していた。
「ペアは昨日と同じ」
ミカとユウトは顔を見合わせた。ユウトの顔が、死人のように青白い。
「ミカ、俺は絶対に裏切らない」
ユウトが真剣な眼差しで言った。でも、その瞬間、彼の仮面がかすかに黄色く光った。
なぜ? 『裏切らない』というのは、半分ウソなの?
「大丈夫。信じてる」
ミカが答えたが、心の奥で小さな疑念が芽生えていた。
最初の課題は、ペアでの問題解決。二人で協力しなければ解けない数学の問題が出された。
「この公式を使えば」
「いや、こっちの方が」
他のペアが順調に進む中、ミカとユウトは噛み合わない。ユウトの手が震えている。まるで、何かに怯えているように。
「ユウト、どうしたの?」
「……去年も、同じような問題が出た」
ユウトの声が震えた。
「あの時も、最初は協力してた。信じ合ってた。でも、最後に……」
「今回は違う」
ミカが断言した。
「私たちは本当の友達。裏切るわけない」
でも、教室の隅から聞こえてきた会話が、ミカの確信を揺るがした。
「去年、ユウトのペアだった子、最後の瞬間まで信じてたんだって」
「それで0ポイント。泣きながら消えていった」
「ユウトは平然としてたらしいよ」
ミカの手が震えた。本当なの? ユウトは、そんなに冷酷な人間なの?
「ミカ」
ユウトが心配そうに見つめてきた。
「聞こえた? でも、あれは」
「説明はいらない」
ミカは首を振った。でも、心の奥で疑念が大きくなっていく。
次の課題は、仮面の同調テスト。お互いの心を一つにして、同じ色に光らせる必要がある。
「冒険の夢を思い浮かべよう」
ユウトが提案した。手を繋ぎ、目を閉じる。
でも、ミカの頭に浮かんだのは、裏切られて泣いている誰かの姿だった。
仮面が光り始めた。ミカは白、ユウトは……混沌とした色。赤と黄色と黒が混ざり合い、まるで苦悩する魂のよう。
「同調率42%。低いですね」
モノ先生の言葉が、二人の間に重い空気を作った。
休憩時間、ミオが駆け寄ってきた。
「ミカちゃん、大丈夫?」
「うん……」
「嘘。顔に書いてある」
ミオが心配そうに続けた。
「ユウトくんのこと、信じていいか分からないんでしょ?」
図星だった。
「去年の真実を教える。ユウトくんは、最後の最後で『裏切る』を選んだ。相手の子は『信じる』を選んでた」
ミカの心臓が止まりそうになった。
「でも、その後ユウトくんは一週間、泣き続けてた。『やり直したい』って」
「じゃあ、後悔してるの?」
「分からない。でも、人は同じ過ちを繰り返すものだから」
午後、最終課題の時間が迫ってきた。教室の空気が、ナイフのように鋭くなっていく。
「残り30分で、決断してもらいます」
モノ先生が二枚の紙を配った。『信じる』『裏切る』、それぞれの文字が書かれている。
ユウトが震え声で言った。
「ミカ、俺を信じて」
「うん」
でも、ミカの心は千々に乱れていた。
信じたい。でも、裏切られたら? 0ポイントで退学。消される。
裏切れば? 200ポイントで安全。でも、ユウトが消える。そして、自分の心も死ぬ。
「5分前です」
時間が迫る。ミカは必死に考えた。ユウトの顔を見る。汗が流れ、仮面が不安定に光っている。
彼も迷ってる? また裏切ろうとしてる?
「君が裏切ったように"見える"だけさ」
突然、ユウトがつぶやいた。
「え?」
「去年、俺は確かに『裏切る』を選んだ。でも、それは……相手を守るためだった」
ミカが混乱した。どういうこと?
「相手は病気で、もう長くなかった。どうせ退学になる運命だった。だから、せめて俺が生き残って、彼の夢を継ごうと」
ユウトの仮面が、白く光った。本当のことを言っている。
「でも、誰も信じてくれない。俺が保身のために裏切ったって」
「ユウト……」
「今回は違う。ミカは健康だし、未来がある。だから、絶対に裏切らない」
時間だ。
二人は紙に答えを書いた。折りたたんで、提出する。
モノ先生が、ゆっくりと紙を開いた。
まず、ミカの紙。
『信じる』
次に、ユウトの紙。
一瞬の沈黙。教室中が息を呑む。
『信じる』
安堵の空気が流れた。二人とも100ポイント獲得。
「よかった……」
ミカが涙を流した。ユウトも泣いていた。
でも、その時、モノ先生が恐ろしいことを言った。
「実は、もう一つルールがありました」
全員が凍りついた。
「提出前に相手の選択を知ることができた人がいます。その人は、相手の選択を見てから、自分の選択を変えることができました」
ミカの血の気が引いた。まさか……。
「ユウトくん、あなたです」
教室がざわめいた。ユウトの顔が真っ青になった。
「あなたは、ミカさんが『信じる』を選んだのを知った上で、自分も『信じる』を選んだ。もしミカさんが『裏切る』を選んでいたら?」
ユウトが答えられない。仮面が激しく点滅している。
「答えなさい」
「……分かりません」
仮面が黄色く光った。ウソだ。ユウトは分かっている。もしミカが裏切っていたら、自分も裏切っていたことを。
ミカは呆然とした。結局、ユウトは条件付きでしか信じていなかった?
「でも、結果的に二人は信じ合った。それが全てです」
モノ先生が締めくくった。
放課後、屋上で二人は向き合った。
「ごめん、ミカ」
ユウトが土下座した。
「俺は、完全には信じきれなかった。もし君が裏切っていたら、俺も……」
「分かってる」
ミカは複雑な気持ちだった。裏切られた気もするし、でも理解できる気もする。
「でも、ユウトは最後に『信じる』を選んだ。それでいい」
「ミカ……」
「完璧じゃなくていい。少しずつ、信じる勇気を持てばいい」
二人の仮面が、優しい光を放った。
でも、ミカは気づいていた。
いつか、本当の試練が来る。その時、ユウトは本当に信じることができるのか。
そして、自分は?
夕日が二人を照らす中、不安と希望が交錯していた。
(第4話おわり)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます