第21話 まったく、なんて愛しいひとだ(クロード視点)
「……おや」
扉の外に、よく知る気配を感じてペンを置く。
「転送魔法の次は……まさか、直々にお越しになるとは」
どこまでも奔放な姫君だと、自然と口許が緩む。
幸い、今は部屋に自分ひとり。
近侍や部下とは違う、小さく軽やかな足音が聞こえてからしばらく経つが、彼女は一向に入ってくる気配がない。
扉の前で立ち止まっているようだ。
彼女のことだ――。
何かを思いついて勇んでここまで来たものの、いざとなると気後れしているのだろう。
静かに扉を開けると、彼女は驚いて私の名を呼んだ。
「……まったく――」
ーーなんて、可愛らしいひとだ。
手招きで入室を促すと、おずおずと歩み寄ってくる。 けれどその所作はどこまでも美しく、緩く編まれた黒髪が背中で柔らかな流れをつくっていた。
私に気づかれていたとは思っていなかったらしく、慌てる彼女。
その頬を染めながら話し始める姿に、思わず笑みがこぼれる。
突然の訪問の理由――今朝の花のお礼。
律儀な彼女のことだ、きっと何かしら返礼を考えるとは思っていた。だが、まさか一輪を抜いて持参するとは。
思わず、彼女の腰に手を添えてそっと引き寄せる。 そして、左手に持たれた一輪の花と手紙を、静かに包むように握る。
彼女は、その意味を知っているだろうか。
――求婚の承諾。
もちろん、今回の花にそんな意図はない。 だから、彼女が気づかずとも構わない。 それよりも、私と喜びを分かち合おうとしてくれた、その真っすぐな心に胸が熱くなる。
「……一緒、ですね」
見上げてくるその笑顔があまりにも可愛らしくて、視線を逸らす。 眼鏡を押し上げるふりをして、鼓動の高鳴りを誤魔化す。
……彼女との距離が、思いのほか近すぎた。
「……明日も、お贈りします」
「えっ、……明日も、くださるのですか?」
「ご迷惑でなければ、毎日でも構いません」
そう告げれば、さらに嬉しそうな笑顔が返ってくる。
ーーそうだ。この表情に、私は恋をしたのだ。
「ーーでは私も、毎日お手紙とお花を少し、お持ちしてもよろしいですか?」
その言葉に、また心が揺れる。
ーーそして、この優しさに。
「えぇ、お待ちしております」
逸らしていた視線を彼女に戻す。
朝の光の中、鮮やかな赤い瞳が一際嬉しそうに輝いていた。
以前には見せなかった、素直な喜びの表情。少し驚きながらも、心の底から嬉しくなる。
ーーまったく、なんて愛しいひとだ。
彼女を独り占めしたくて言った、大人げない提案。 けれど彼女は、それに満面の笑みで元気よく頷いた。
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王女の初恋奮闘記 深山珞 Sachi Miyama @miyamasachi
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