第20話 毎朝を交わす約束
今度こそ、と小さく握った右手を上げては下げる。
クロード様の執務室。その美しく重厚な扉の前で、私はさっきからノックできずにいた。
意気揚々とここまで来たのに、いざ扉を目の前にすると、最後の一歩がどうしても踏み出せない。
……お邪魔だったらどうしよう。 そもそも今、クロード様はお一人なのかしら? もしかして、お留守かも……?
そっと扉に耳を当ててみるけれど、内側からは何の音も聞こえない。
せっかく手紙とお花を携えて来たけれど、やっぱり前もってご都合を伺うべきだったかもしれない。
気がつけば、先ほどまでの勢いはどこへやら。踵を返してそっと戻ろうとした、その時――
カチャ……
静かに、扉が開く。中から現れたのは……
「さ、宰相様っ!?」
思わず噛んでしまう。まさか、中から開くなんて……!
「……まったく、いつまでそこに立っているつもりですか?」
微笑を浮かべながら、クロード様が扉の向こうから手招きをしてくださる。
室内には他に誰の姿もなく、大きな窓から朝の陽光が気持ちよく差し込んでいた。 けれど、執務机には変わらず書類の山が積み上がっている。
「……え?宰相様、気づいていらしたのですか……!?」
「ええ。貴女が来られた時から、ずっと」
眼鏡の奥の青い瞳が細められ、優しい笑みが浮かぶ。
その柔らかな視線に、私は思わず真っ赤になる。
あの場所に、割と長い間立っていた自覚はある……。だからこそ、居たたまれず視線を泳がせた。
「あっ、えっと……今朝いただいたお花、とても素敵で……。そのお礼をと思いまして……」
声は自然と小さくなり、俯いてしまう。空いた右手が、無意識にスカートの裾をぎゅっと握る。
「いつもの転送魔法ではなく、自ら持って来てくださるとは……」
「……あまりに素敵だったから……嬉しくて。宰相様にもお裾分けしたくて――」
言い終わる前に、クロード様の手がそっと私の腰を引き寄せる。
手紙と一輪のマーガレットを持った左手が、彼の温かな手に包み込まれた。
「私も……すごく嬉しいです」
その声に顔を上げると、青い瞳がまっすぐに私を見ていた。
優しくて、真っ直ぐで、思わず笑みがこぼれる。
「……一緒、ですね」
そう言うと、クロード様はふいに視線を逸らし、眼鏡をそっと押し上げた。
背けたままの声が、耳にやさしく届く。
「……明日も、お贈りします」
「えっ……明日も、くださるのですか?」
「ご迷惑でなければ……毎日でも構いません」
「まぁ……!で、では私も、毎日お手紙とお花を少し、お持ちしてもよろしいですか?」
胸が高鳴る。まるで御伽噺の王子様のよう。 毎朝クロード様からお花をいただけるなんて、想像するだけで幸せな気持ちになる。
「えぇ、お待ちしております」
やっと私を見てくれたクロード様に、笑顔を返す。
少し驚いたような顔をして、それから彼もまた、穏やかに微笑んでくれた。
「……時間はこちらから、予めご連絡差し上げますので。それをご覧になってから、お越しください」
「はいっ!」
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