第5話 この気持ちは好きじゃない、たぶん

 施設に来て、三日目。


 朝のアナウンスで今日のペア行動が伝えられる。

 AIによって、毎日ランダムに組まれる“共同作業”。

 俺は、今日はユズハとは別行動だった。


 


「……ふぅ」


 ひとりになったのは、少しだけ気が楽で、少しだけ不安だった。


 


 俺のペアは――東條ミコト。

 元気印で、騒がしくて、昨日のランキングでは神谷レンへの好感度が11%。

 まあ、相手が俺じゃないだけでありがたい、と思っていたのだけど――


 


「ねぇねぇレイくん、恋ってさぁ、抑えられない時ってあるよね?」


「……開口一番それ?」


「だって、神谷くん超イケメンじゃん?クールだし!

 でもさ、あの人ぜったい恋とかに興味なさそうでさ~!それがまた良くて!」


「……うん」


 たぶん、俺の返事は心ここにあらずだった。

 でもミコトは止まらない。


「でもね、昨日ランキング見たらさ、神谷くんってばちっとも好感度上がってなくて!

 これって私の片想い?やばない?せつない!」


 


 その時だった。


 


「──だったら、諦めれば?」


 


 背後から冷たい声が落ちてきた。


 振り向くと、そこには黒乃ユイ。

 鋭い目でミコトをじっと見つめている。


 


「そんな感情持ってるだけで、死ぬかもしれないんだよ。

 あんたのせいで、誰かが巻き込まれたらどうすんの?」


「……」


 ミコトが言葉に詰まる。


 その横で、俺も言い返せなかった。


 


 でも。


 でも、それを言ってしまったら、この空間に“希望”はひとつもなくなる。


 


「……感情って、そう簡単にコントロールできないから厄介なんだよな」


 俺は思わず呟いていた。


 


 その言葉に、ユイは少しだけ眉を動かした。

 それが、“理解”だったのか、“軽蔑”だったのかはわからない。


 


* * *


 


 その日の午後、やっとユズハと再会できた。


「……どうだった?」


「いろいろ、あったよ」


 


 俺が話す前に、ユズハが聞いてきた。

 少しだけ、声が柔らかかった。


 


「……ユズハは、誰か好きだったことある?」


 ふと、聞いてしまった。


 


 彼女は少しだけ間を置いて、答えた。


「……あるよ。

 でも、それが“恋”だったのか、“依存”だったのか、“共犯意識”だったのか……もう分からないけど」


 


 その言葉に、俺は胸がつかえる感覚を覚えた。


 彼女もまた、“何か”を過去に抱えている。

 そしてそれを、ちゃんと言葉にするほどには、忘れていない。


 


「……俺さ」


「うん」


「……最近、心拍とか体温とか、勝手に変動してるの分かるんだ」


「それ、やばいやつじゃん」


「うん。だって……それが全部、君のせいだから」


 


 瞬間、ユズハの表情が止まった。


 けれど、何も言わず、ただ目を伏せたまま、小さく笑った。


「……AI、聞いてたら怒られるよ」


「うん。今、めちゃくちゃ計測されてると思う」


 


 その時――


 


「感情値上昇警告。感情レベル:14%。

 対象:椎名レイ → 柊ユズハ。

 繰り返します。感情レベル上昇中──」


 


 「おおおい黙れぇぇぇAI!!黙ってろって言ってるだろ!!」


 


 俺の叫びに、ユズハは肩を震わせて、初めて“声を出して”笑った。


 


「……レイくんって、ほんとバカ」


 


 でもその声が、少しだけ、救いだった。

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