第4話 感情に名前をつけた瞬間始まる

 朝食は、自炊だった。


 


 支給された食材はシンプルで、パンと卵、インスタントスープ。

 キッチンでユズハが静かに卵を割っている。無駄な動きが一切ない。


 


「……料理、できるんだな」


「まあね」


 


 淡々とした返事。でも、少しだけ口元が緩んだ気がした。


 そのわずかな変化に、俺の鼓動がまた上がる。

 ――ヤバい。心拍が上がるだけでAIに感知される世界なのに。


 


 俺は深呼吸して気を逸らすように、コップに水を入れた。

 が――その瞬間。


 


 「わっ!」


 隣にいたユズハと肘がぶつかり、水がテーブルに飛び散る。


「あ……!」


 反射的に手を伸ばして、彼女の服に水がかからないようにした。


 


「……ありがと」


 ユズハがぽつりと呟く。


 


「心拍変動検出。注意:感情の上昇を検知」


「ちょ、ちょっと!違うってば!」


 


 AIの警告音に、俺たちは同時に顔をそらした。


 なんだこの空気。

 “好き”なんて言ってない。言ってないけど――

 言葉にしてないだけで、感情は勝手に進むんだと、思い知らされる。


 


* * *


 


「全参加者は、午前中の活動として、中央ホールに集合してください」


 


 再びホールに向かうと、昨日と同じ10人が集まっていた。


 神谷レンは飄々とした様子で壁にもたれ、東條ミコトは元気よく手を振っていた。


「おはよー!てか、同室ペアってマジであるんだね!?

 柊ちゃんとレイくん、昨日の夜、なんか進展あった〜?」


「ミコト、空気」


 近くにいた黒乃ユイが、低い声で牽制する。

 ミコトは肩をすくめながら「冗談冗談」と笑っているが、みんなが少しずつ他人を探る視線になっているのが分かった。


 


 それは、静かに染みてくる“疑心”。


 


 全員が、他人の感情を測りながら、無意識に探り合っている。


 だからこそ、あの発表は効いた。


 


「本日10:00時点での、恋愛感情数値ランキングを発表します」


 


 AIの声が響くと、場が一気に緊張する。


 


「第1位:椎名レイ → 柊ユズハ 感情レベル:13%」


 


 また俺かよ!!


 


「第2位:東條ミコト → 神谷レン 感情レベル:11%

 第3位:支倉タクミ → 該当なし(観察対象) 感情レベル:6%」


 


 ミコトが「えっへへ〜♡」と嬉しそうに笑い、レンは「やれやれ」といった顔でため息をついた。


 


 だが、注目はやはり俺たちに集まる。


 ちらちらと向けられる視線の中、俺は気まずさに耐えきれず、横目でユズハを盗み見た。


 


 彼女は、どこか――遠い目をしていた。


「……昨日より、1%増えたんだね」


「わ、わざわざ言うなよ……」


「そっか。じゃあ、明日はどうなるんだろうね」


 ユズハの声は、まるで他人事のようで。

 でも、ほんの一瞬だけ――微かに、笑っているように見えた。


 


* * *


 


 午後の活動は「共同作業」だった。


 食堂の清掃、備品の整理、軽い運動など。

 日常に見えて、すべてが“接触”のきっかけになりうる。


 


 その中で、俺とユズハはまた同じ作業をすることになった。

 それは、窓のない廊下の掃き掃除だった。


 


「なあ、俺……あのランキング、本当にどうにかしたい」


「下げたいの?」


「正直、今のままだと、みんなの目が……っていうか、ユズハが困るだろ?」


「ふーん」


 ユズハは手を止めないまま、ちらりとこちらを見た。


 


「じゃあ、“好きじゃないアピール”してみる?」


「ど、どうやって!?」


 


 彼女は少し考えて、からかうように言った。


 


「……他の女の子のことを褒めたり、私に冷たくしたり。

 あと、わざと距離取って、避けたりね」


 


「なんか、嫌なやつじゃんそれ……」


「だよね」


 くす、とユズハが笑った。


 その笑みは、昨日まで見たどの表情よりも、ずっと柔らかかった。


 


 ――ああ、これは、危ない。


 こんな顔を見てしまったら、また“数字”が上がる。


 


「心拍変動を検出しました。再計測中……」


「うおおお!だめだって言ってんだろAIぃ!!」

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