第6話 好感度がないことは罪かもしれない

 ランキングが張り出されてからというもの、

 施設内の空気は、静かに殺気立っていた。


 誰も口には出さないが、“誰が誰を見ているか”が、命に直結する世界。

 他人の視線も、沈黙も、すべてが“攻撃”になりうる。


 


 そんな中で――


 最も「無害」に見える男がいた。


 


 神谷レン。

 ランキング上位にも、下位にも出てこない男。

 東條ミコトにしつこく想われているのに、一切なびく様子がない。


 


「なあ、レン。あんたさ……ほんとに誰にも興味ないの?」


 


 廊下ですれ違いざま、支倉タクミが問いかけた。


 無表情な男に対して、無遠慮な男。


 


「興味、あるよ」


「へぇ? じゃあなんでミコトの好意、完全スルーしてんの?」


 


 レンは、一度立ち止まると、ゆっくりタクミを見た。


 


「……惚れてない状態のほうが、人って面白いじゃん」


 


 その言葉に、タクミの笑みが消えた。


 


「それ、どういう意味?」


「好感度ゼロの人間は、自分の意思で動く。

 でも、恋が絡んだ瞬間、人は勝手に壊れていく。

 それを見てる方が、ずっと興味深い」


 


 レンの目は、どこまでも冷たかった。

 まるで、恋愛感情という名の“ウイルス”を他人事のように観察している、医者のような視線だった。


 


「……あんた、わりとヤバいな」


「君も同じでしょ、“観察対象”」


 


 一瞬、空気が凍る。


 


「なっ……!」


「俺は感情に興味がある。

 でも君は、感情に“選ばれてる”。……それが何なのか、楽しみにしてる」


 


 そう言い残して、レンは歩き去った。


 タクミは、ひとりその場に立ち尽くす。


 


(感情に、選ばれてる……? 俺が……?)


 


* * *


 


 その日の夜。


 ユズハと俺は、また部屋で向き合っていた。


 


 朝と昼は他ペアと過ごすこともあるけれど、

 夜だけは、必ずこの“二人きり”の空間に戻ってくる。


 


「ねえ、レイ」


「ん?」


「……私のこと、好き?」


「……」


「うそうそ、冗談」


 


 そう言ってユズハは寝転がったが、俺は答えられなかった。


 


 たしかに“好き”かどうかなんて、まだわからない。

 でも――たしかに、今、少しだけ。


 誰にも触れられていない“何か”が、彼女の中にある気がした。


 


 触れたら、壊れる。

 でも、触れないでいたら、失ってしまう気がする。


 


 そんな矛盾の中で、俺の心拍がまた、静かに上がっていく。


 


「心拍変動を検出しました──」


「……AI、黙れってば」


 


 すると、ユズハが寝返りを打って言った。


 


「……じゃあさ、私が先に“惚れた”ら、どうする?」


 


 不意を突かれて、言葉が出なかった。


 


「それでも、あんたはセーフだもんね。……レイは、死なない」


「……そんな言い方するなよ」


「ふふ、じゃあ“私が”惚れないように、ちゃんと気をつけてね?」


 


 ユズハは、冗談めかして言ったが――


 その背中越しの声は、少しだけ震えていた。

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