第14話 『神喰いの咆哮──第三形態、ゲロス覚醒す』
──決戦前夜。ネメシス本部・南部格納庫、静寂。
不気味なまでに静まり返った格納庫の隅、整備中のデルタ級戦闘員を照らす薄明かりの中に、二人の影があった。
イツキは重厚な装甲ベストを身にまとい、ラミアの前に立っていた。
彼の手には、小さな黒いメモリーデバイスが握られている。
「これを持っていてくれ。万が一、俺が戻れなかったら──お前がやるんだ」
ラミアは無言でその手元を見つめた。彼女の赤い瞳が、わずかに揺れる。
「何これ」
「ネメシスの全データ。それと、セイガンの内部構造……裏の記録も全部入ってる。ドクトル・メディアスが残した、旧式の記録回路に隠してな」
ラミアの目が細められる。
「つまり、持ってるだけで消される類の情報ってことね」
「ああ」
イツキは言葉少なに頷いた。
「お前には生きていてほしい。……たとえ俺がいなくなっても、この世界の形を変える“核”は、ここにある」
「それを私に任せるわけ?」
「他に誰がいる」
イツキの声は低く、しかし確信に満ちていた。
「お前は、ただの怪人じゃない。ラミア、お前は……戦う意味を知ってる。自分が何者かを問い続けてる。その視線は、俺と同じ方向にある」
ラミアは視線をそらし、少しだけ唇を噛んだ。彼女の中の何かが、音を立てて揺れ動いていた。
「……変なこと言うのね、イツキ。そういうの、あんたのキャラじゃないでしょ」
「らしくないくらいが、死地にはちょうどいい」
二人の間に、少しの沈黙が生まれる。
やがてラミアは、その小さなデバイスをそっと手に取った。
「分かった。預かる。でも、これを渡されたってことは……あんたは死ぬ気で行くってことよね?」
「死ぬ気じゃない。生きて帰る。ただ、それが叶わなかった時に備えた“保険”だ」
ラミアの視線が、イツキの瞳を真っすぐに貫く。
「……なら、死なないで。あんたがいなくなったら、この世界は──もっと、つまらなくなるから」
その言葉に、イツキはわずかに目を見開いた。
だがすぐに、静かな笑みを浮かべた。
「分かった。できるだけ“退屈”にしないようにする」
格納庫の外、闇が深まっていく。
その中で、ふたつの影は黙って並び立ち、決戦の夜明けを待っていた。
──湾岸スラム第七区画・焦土化した倉庫群跡地。
雷鳴が響き、腐蝕性の霧が地表を這う。
そこに佇むのは、もはや「怪人」と呼ぶにはあまりにも異質な存在だった。
ゲロス──その姿は、かつての人型を完全に捨て去っていた。
背中からは翼のように拡がる多関節触手が蠢き、全身の筋組織は黒金に染まり、無数の赤い眼球が皮膚の下で脈打っている。口腔は垂直に裂け、そこからは常に腐食性の霧が漏れ出ていた。
第三形態。
それは、暴走と進化の果てに辿り着いた“神喰い”と呼ぶべき存在。
「……こちらネメシス監視衛星隊、上空からの観測映像……切断されました!」
「何だと!? あの距離から、どうやって──」
「ゲロス本体から発せられた高周波振動と腐蝕波が、軌道衛星の外装を分解……!」
ネメシス本部・戦略管制室では、騒然とした声が飛び交う。
「もはや制御不能だ」
幹部の一人が静かに言い放った。
「……行くぞ、ラミア」
イツキがその背に装備を背負いながら、静かに立ち上がる。
ネメシス最終討伐作戦、コード:G-Omega。
その要諦は、ゲロスの胸部に残された“人間・神宮寺創一”の断片──理性の核を感情によって活性化させ、自己崩壊を誘発させるというもの。
「生きて帰るつもりはある?」
「少なくとも、奴よりは先に死ぬ気はない」
ラミアが薄く笑い、イツキは目を伏せてから前を向いた。
──
その頃、ゲロスは静かに空を見上げていた。
天に浮かぶ黒雲が稲光に染まる中、一瞬、彼の眼球の奥に“涙”のような雫が揺れた。
次の瞬間、空が引き裂かれるような咆哮が大気を震わせた。
それは神をも喰らい尽くす、進化の終端の産声。
──第三形態、完全覚醒。
酸の霧が地表を覆い、無数の鉄骨と焼け爛れた鋼鉄が不気味な音を立てて軋んでいる。腐食性の雨が、かろうじて残った廃ビルの残骸を溶かしていた。
そこに、黒い戦闘スーツに身を包んだネメシスの精鋭部隊──デルタ級戦闘員たちが沈黙の列を成していた。無言の彼らは既に人間を辞めた強化兵、戦闘用生体義体の末端兵であり、それぞれがナノ強化筋繊維で構成された義肢と高周波ブレードを装備している。
その先頭に立つのは、ネメシス幹部候補・日向イツキ。黒いマントが腐食雨に溶ける寸前で弾かれ、その隣には怪人形態のラミアがいた。
──異形の怪物が、前方に立ちはだかっていた。
ゲロス。第三形態。
その体はもはや有機と無機の境界すら曖昧で、腹部から覗く脊髄構造は透明な外殻越しに神経電流を走らせており、複眼が天候に反応して点滅を繰り返していた。何より背中からうねる七本の腐食性触手が、大地そのものを腐らせながら蠢いていた。
「……神宮寺の“面影”は、もうどこにもないな」
イツキの言葉に、ラミアはひとつ瞬きをする。
「……あるとすれば、死に場所を選ばせてやれるくらいだな」
イツキが手を掲げた。
「デルタ隊、全員配置に着け。触手との交戦を避け、火線は一点集中──死ぬな。お前たちはただ“足止め”だ」
戦闘員たちは即座に散開。バイオスキャンで割り出された安全圏から一斉に高出力マイクロミサイルを発射。だが、そのほとんどがゲロスの触手に絡め取られ、腐食して弾けた。
反撃。ゲロスが咆哮と共に地を割る一撃を放つ。大地から触手が突き上がり、デルタ戦闘員が数名、胴体ごと裂かれた。反応速度すら圧倒する“捕食型戦術”だった。
「ラミア、行くぞ」
イツキは地を蹴り、爆発的な加速で前線に飛び込む。装備したアーマー・フレイムランスが赤熱し、ゲロスの右肩に突き刺さった。
直後、イツキは触手のひとつを受けて吹き飛ばされたが、背後からラミアのナノウィップがゲロスの頭部を巻き取り、火花を散らす。
「今のあなた、けっこうカッコいいわよ」
ラミアが血を吐きながら笑う。
「それは……勝ってから言え」
二人は、爆炎と死体の中で、ゲロスと対峙し続けた。
死を、正義を、過去を──それぞれの思いを引き裂くように、腐食性の咆哮が夜を裂いた。
そして、激戦が始まった。
腐蝕霧を切り裂き、まず飛び込んだのはイツキ。
「俺が前に出る! ラミア、援護を──ッ!」
黒鋼の強化装甲が火花を散らしながら、触手を蹴り飛ばす。次いで、超高出力のランスがゲロスの脚部に突き立つが──再生は一瞬だった。
反撃。全方位から迫る触手群。
その一本がイツキの肩を貫いた──が、彼は構わず前進した。
「痛覚遮断──いけるッ!」
背中越しに、ラミアが跳躍する。
蛇のようにしなる両腕が展開し、鋭利な刃が閃光のようにゲロスの首元を薙ぐ。
「効かない……!」
ゲロスが咆哮と共に腐蝕波を放つ。その衝撃で二人は吹き飛ばされ、地に転がる。
「っ……! 再生も早すぎる……」
「でも、核は見えた」
イツキが立ち上がる。
「胸部──あの脈動する赤だ。あそこを、同時に叩く」
「了解。死なないでよ、バカ」
再び二人は駆ける。
ゲロスが放つ触手の嵐、その一つ一つが山をも貫く凶器。だが、イツキはそれらを引きつけるように動き、ラミアに隙を作る。
「今だ、撃てェ!」
ラミアの放った酸針が、イツキの背後を通過し──ゲロスの胸部を、貫いた。
一瞬、静寂。
ゲロスの内部に残された“何か”が揺らぎ、そして咆哮が空を裂いた──
爆風が吹き荒れ、焼け焦げた戦闘員の外殻が風に流れる。
デルタ級部隊の半数が、ゲロスの反撃によってすでに行動不能だった。
イツキは膝をつきながら、視界の端でラミアの左腕が切断されているのを確認した。触手の一撃。即時に焼却止血を行っているが、致命傷にならないとは言い切れない。
「ラミア……!」
「……問題ない。あんなの、最初からないつもりで来た」
ラミアは血を吐きながらも笑った。その目の奥には、復讐の焔と諦観が同居していた。
ゲロスが咆哮を上げる。口腔から放たれる腐食性超振動波が廃ビルの残骸を溶かし、周囲の空間がねじれたように歪んでいく。
「次で決める!」
イツキは背負っていた最後の装備──超重圧陽子爆裂槍デトネイター・ルシファーを展開した。
長大な槍のようなそれは、内部で陽子を収束し、命中と同時に対象を内側から分子崩壊させるネメシス最終兵装だった。
ラミアが右脚の義肢を使い、跳躍と共にゲロスの死角へ滑り込む。
「ここで終わらせる……姉さんの仇、今ここで!」
ラミアの残った腕がゲロスの胸部に、最後の自己融解性スタブマインを突き刺した。
爆裂。黒い体液が飛び散り、ゲロスがバランスを崩す。
「イツキ、今だ!!」
「──コードG-Omega、最終段階ッ!」
イツキは爆裂槍を構え、ゲロスの裂けた胸腔に向けて突進した。
全神経が焼けるような感覚。脳内で何かが裂ける音。
槍が貫いた。ゲロスの心核──かつて"神宮寺創一"であったものの断片が、一瞬だけ人間の目をした。
そして、爆発。
周囲を呑み込む白い閃光と爆風。
触手が千切れ、黒霧が一掃される。
やがて。
煙の向こうで、倒れ伏すゲロスの巨体と、それを見下ろすイツキとラミアの姿があった。
「……終わったのか?」
「いいえ……これからよ」
二人は互いに肩を貸しながら、燃え残る瓦礫の中を歩き出した。戦いの終焉は、ただの序章に過ぎなかった。
──そして夜明けが、血の匂いの中で静かに始まる。
第三形態、崩壊。
その巨体の胸部からは、人間の顔を模した痕跡が残り、雨に濡れながら涙のように溶けていた。
そして、
「……創一……」
イツキはその場に膝をつき、もう一度だけ、呟いた。
作戦コード:G-Omega──終了。
ネメシスとセイガンを揺るがす、神の終焉の瞬間だった。
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