Ⅲ-12.ジンとソーイ②

 家のチャイムが鳴った。


 私はキッチンで洗い物をしながら、リビングの時計を覗いた。予定時間きっちりだった。


 テネスが家族の二人――ジンとソーイを連れて、もう玄関まで付いてしまった。


 オパエツが二階から降りてきて、リビングに顔を出す。


「大丈夫か?」


 私は洗っていたフライパンを濯ぎ、コンロに載せてから手を拭いた。エプロンも外して、オパエツと一緒に玄関に出た。


 オパエツが扉を開けると、テネスを先頭に、二人の模人が立っていた。


「連れてきたよ。こっちがジンで、こっちがソーイ」

「ジンです。よろしくお願いします」

「ソーイと申します。お願い致します」


 向かって左、長身で落ち着いた雰囲気があって、物腰柔らかな彼がジン。一方、身長は私と同じくらいで、キビキビとした固い印象の彼がソーイ、真っ直ぐに伸ばした右手を額に当てた敬礼のポーズを取っていた。


「じゃあ、お昼ご飯も作っているんで、上がってください」


 私が招くと、テネスはジンに「段差あるから」と玄関へ導いた。ジンはサングラスを掛けたまま首を一切動かさないで歩いた。目が見えていないのかもしれない。


 続くソーイも、よく見ると右腕だけで三人分の靴を揃えて並べている。左腕は肩から無いようだった。


「じゃあ、改めて自己紹介から」


 私たちは用意していた料理を囲んで、それぞれ食事をしながら話をした。


 予定通り、順番は私から。


「私はイヨ。絵を描いていて、最近は少しずつ描ける絵の幅が広がってきています。今は家族の中で料理当番ですが、あんまり得意ではないので、まぁ、その辺の家事の話はまたあとで。二人とも、よろしく」

「この料理はイヨさんが作ったんですか?」


 ジンが唐揚げの匂いを嗅ぎ、それから口に入れた。うんうん、と味わいながら肯く。


「そうですね。料理の美味い家族が、先日亡くなってしまったので、急遽ですが」

「それは、失礼しました。でも、美味しいですよ。ねぇ、ソーイくん」

「はい。美味しいです!」

「ありがとうございます。ならよかったです」


 二人の笑顔も束の間、オパエツが大きな咳払いで注目を集めた。「俺の自己紹介がまだだ」と酷い目つきで二人を睨む。


「順番を乱さないでくれ。あと、イヨは緊張しているのか敬語を使っているが、オマエらも家族なんだ。俺はまどろっこしいのが嫌いだ。オマエらも俺に敬語を使う必要はない」

「……失礼しました。私は普段からこの喋り方なので、お気になさらず」


 ジンは横柄なオパエツの態度に目を丸くしていた。


 私もテネスも驚いた。戦略的な悪態をつくことは聞いていたが、まさかここまでやるとは思わなかったからだ。


 ――昨晩、私とオパエツ、そして協力を承諾してくれたテネスの三人は家族選挙に向けた作戦会議を開いた。目的は、月末の選挙で私が最多得票者になるための根回しだ。


「そんなことしなくても、多分ジンとソーイならイヨさんに入れてくれると思いますよ?」


 テネスが言っていたことは、今になればよく分かる。二人ともとてもいい人だった。でも、私たちは万が一に備えた作戦が欲しかった。


 家族選挙では自分への投票ができない。確実に私が当選するには、オパエツとテネスの二票に加え、ジンかソーイの少なくともどちらかの票が必要だった。


「良い警官・悪い警官をやろう」


 オパエツが提案した。私とテネスは首を傾げる。


「警官……?」

「尋問のやり方の一種だが、今回の状況でも使える。人心掌握術のひとつだ。イヨが良い警官に、俺が悪い警官になる。俺が悪辣になればなるほど、イヨへの評価が高まっていき、票が入りやすくなるって寸法だ。こんな奴に入れるくらいなら、こっちの方がいいってな」


 私たちは納得してそれを採用した―― 


「俺の部屋に入ったら、家から叩き出す。いいな?」

「ええ、分かりました」

「承知しました」


 凄むオパエツに、二人はすんなりと肯いた。


 良い警察・悪い警察に効果があるのかは分からなかったが、今は少しでも確率を上げるのが優先だった。


「ちょっと、オパエツ止めなよ。二人とも怖がってるよ」

「イヨは黙ってろ」


 ぴしゃりと言われ、私までびっくりした。


 私はテネスに話を続けるよう目で合図を送った。


「えっと、私の紹介はざっくりでいいよね。グレイズダンスをやっていて、右脚を44HPで取りました。普段は義足です。人間には、なかなかなれないですが、頑張ってます」


 私とジンが拍手した。ソーイも自分の太ももを叩いて拍手する。オパエツはむすっとしたまま、サラダを食べていた。


「では、私の番ですね」


 ジンは立ち上がり、礼をした。


「先程ご紹介に預かりました。ジンです。普段はセラピストをやっています。敬語は職業病なので、お気になさらず。44HPで視力を捨てました。本当は音で大体のことは分かるのですが、テネスさんに甘えてばかりで、お恥ずかしい姿を見られてしまうかもしれません。イヨさん、オパエツさん、不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 オパエツ以外の三人で拍手をした。


 ジンは椅子に座り、隣のソーイに声を掛けた。


 ソーイはジンと入れ替わるように立ち上がり、また右手で敬礼した。


「はい。私はソーイと申します。普段は工場で肉のWRタグを付ける仕事をしています。44HPで、左腕を切除致しました。テネスさんやジンさんの何倍もご迷惑をおかけしてしまうと思います。何卒ご容赦ください」


 ソーイが一礼して、私たちは拍手した。


「じゃあ、ご飯を食べ終わったら、部屋に案内しますね。ジンさんは二階に上がってすぐの左の部屋、ソーイさんは私の部屋の隣です」

「ありがとうございます」

「ちょっと待て」


 オパエツが手を突き出し、ジンとソーイを遮った。


「オマエたち、マルトンから何を言われた?」


 二人の眉間に皺が寄る。


 核心を突く急な質問に、私やテネスも思わずオパエツを見た。


「なんのことでしょう? 我々は最近、同胞を二人亡くしてしまいまして。流行病です。悲しいかな、その死が我々を結びつけたのでしょう。確かに、死を看取る際にマルトン司祭にご協力いただいたことはありましたが、特に何も聞いていないですよ」

「なら、来週の家族選挙にはイヨに入れろ」

「落ち着いてください。話が飛びすぎていて理解出来ません。どうして家族選挙の話が出てくるんですか?」


 ジンの言うことは最もだった。


 私は性急すぎるオパエツを止めるため、話を遮った。


「オパエツ、今日はそういう話いいでしょ」

「こういうのは最初に聞いておくべきだ」

「オパエツ」

「いいですよ、イヨさん」


 ジンは真っ直ぐ前を向いたまま言った。


「よく分かりませんが、家族選挙ではイヨさんに投票しましょう。そうすれば、この家の家族として認めていただけるのですね」


 オパエツはにたりと笑った。


「あぁ。そっちのヤツも誓ってもらおうか」


 ソーイはジンを見た。ジンは頷き、ソーイもそれを見て肯いた。


「分かりました。イヨさんに投票します」

「決まりだな」


 オパエツは満足そうに笑い、席を立った。


 残された私たちは、少しだけオパエツのことを話してから、交流を深めるような話をした。

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