Ⅱ-11.なぞり書き④

「こんなところに呼び出して、どういうつもり?」

「ちょっと、話したいことがあって」


 私はマレニと一緒に、丘の灯台に来た。


 明かりの付いた日の翌日のことだった。


 丘の灯台は、丘の中でもすこし迫り出した場所にある小屋で、淵には柵が張ってあった。


 私は柵に身を乗り出し、ソウィリカの都市を一望した。


「綺麗だよね。ソウィリカ」

「うん。そうだね」


 私の背後で、マレニは言った。


「マレニは、公演の前にはいつもここで気持ちを整えてるんだよね。教えてくれたときから、私、ここからの景色がソウィリカで一番好き」

「……」

「マレニ?」


 振り向くと、マレニは笑顔のまま立ち尽くしていた。


 私も笑顔で、首を傾げる。


「どうしたの? 忘れちゃった?」

「イヨ、鎌掛けてるでしょ。私、こんなところ知らない」


 私は溜め息を吐いて、両手を挙げた。


「役者には勝てないや」

「私がおかしくなったと思ってるんでしょ。でもね、私は真っ当におかしくなっちゃったの。死ぬのが怖くて、私も私が分かんないくらい」


 冷たい風が吹く。


 私とマレニの髪がなびく。


「もう全部バレちゃってるみたいだから、話すね。イヨにも協力して欲しいから。私はテネスをヨッカにしようと思う。オパエツが死んだら、今度来る別のヒトをオパエツにするの。もちろん、イヨが死んだら、次のヒトをイヨにする。私が死んだら、私を誰かにやってもらえるよう、仕組みを作るわ。その方が幸せって、みんなが思えるようにするの。そうしたら、私たち家族は永遠になれる。この前はごめんね、イヨが死んだときのために、イヨのことを知っておく必要があったから」

「別にいいよ。マレニの方が絵の才能があっただけだもん」

「よかった。じゃあ、まずはね、いつ頃テネスに両腕を取ってもらうか、一緒に考えましょう?」

「一個だけいいかな?」


 私は人差し指をピンと立てて、マレニに訊ねた。


「なぁに?」

「ナナナは? ナナナも家族でしょ」


 マレニは二度、素早く瞬きをした。


 それから一際笑顔で答えた。


「いいでしょ、そんなの。料理は私ができるから」

「私たちは五人で家族だよ。充足人数にも満たない」

「五人目はストック。人間なんか目指さなくていいよ。私たちは私たちが幸せならいいじゃない。無茶したって、ヨッカの二の舞になっちゃうだけだよ」


 私は笑顔を止めて、人差し指を立てた手も下ろした。


「そっか。私はナナナが好きだったんだけどな」

「そのうち忘れるよ」


 私はもう一度柵に身を乗り出し、ソウィリカの夜景を眺めた。背を向けながら、言葉を続ける。


「さっきの鎌掛けた話ね、ナナナとの思い出なんだ」

「……」

「ナナナが死ぬ前、教えてくれたんだ。落ち込んだときに来る場所だって」

「……」

「私はこの場所がある限り、ナナナのことは忘れないよ」

「……」


 私はもう一度振り向いた。


 マレニは薄ら笑いを止め、口を真一文字に結んで震えていた。立場が悪くなると出るその癖は、マレニではなく、ナナナのものだった。


「ねぇ、どうする? 私はナナナのことを忘れないよ、あなたがマレニのフリを続ける限り、私は私の中で、偽物のナナナとの思い出を大事にし続ける」


 歯を食いしばって、あなたは涙を堪えた。


「私はそんなの耐えられないけれど、あなたが耐えていくなら、マレニの生を背負っていくなら、私も背負うよ。思い出を、塗りつぶして生きていくんでしょ」

「っあっあ!」


 私の目の前で、あなたは泣いた。


 大粒の涙と苦しそうな声が溢れだした。


「僕は、僕はマレニを殺したんだ。あの日死んだのは、最初に死んだのは、マレニなんだ」

「……」


 風の吹く丘の上、あなたは罪を告白した。


 マレニが最初の兆候を感じたとき、それをいち早く察知したのはナナナだった。


 オパエツとのブリンク劇の後、打ち上げから帰ってきたマレニを介抱していたナナナは、マレニが胸を押さえて苦しむ姿を見た。打ち上げの暴飲暴食ではあり得ないその様子に、ナナナはオパエツに相談した。


 オパエツは、その時点では都市伝説程度だったSCSの可能性を疑い、目が覚めてから、マレニとナナナに伝えた。


 それがすべての始まりだった。


 ナナナはマレニが家族にとって掛け替えのない存在であり、翻って自分は価値がない存在だと思っていた。


 ナナナは直前に見た、オパエツとマレニの入れ替わり劇をヒントに、マレニに提案した。


「僕はマレニの意思を受け継ぐ。だから、僕の姿で死んでくれ」


 マレニはひと晩考えて、了承した。


 オパエツには反対されたが、マレニの決死の願いで、協力を引き受けた。


 オパエツには最後に「ナナナを信じてあげて」と言っていたらしい。


 実際にマレニとナナナが入れ替わったのは、家族選挙の後だったそうだ。どうしても自分で票を入れたいと、マレニが最後に頼んだらしい。


 そして、採掘の日、ナナナはマレニとして、マレニはナナナとしてあの場に立ち会い、公衆の面前でナナナが命を落とした。


 話し終えたあなたは、顔に地面を擦りつけ、打ちひしがれた。


「僕は、分かってなかったんだ。死ねばみんな忘れると思ってた。でも、みんなして『ナナナが、ナナナが』って。死んだのは僕じゃなくて、マレニなのに。だから、僕は全員の死を奪わなくちゃいけない。みんなを永遠にしなきゃいけないのに、僕の中から、段々マレニが消えていくんだ。ヨッカも。なんで、なんでなんで。なんにも上手くいかない」


 あなたは全身の力が抜け、地面に倒れ伏した。それからもずっと「なんで」と呟き続ける。


 私は鞄からキャンバスを取り出し、あなたの頭の近くに置いた。


「私には、あなたがこう見えてる。見えていないんだけど、見えてるの」


 あなたはうつ伏せのまま、地面に投げ出した両手を固く固く握りしめた。


「どうして、みんな僕に優しくするんだ……」

「家族だから、叱らないと」


 あなたは胸を押さえて、小さく震えた。


 その固めた拳から力が抜けて、私はあなたが死ぬところを見届けた。


「さようなら、ナナナ」


 私は動かなくなったナナナを背負って、家まで歩いた。

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